恐竜の話題(論文紹介): (52) スピノサウルスは二足歩行で不器用な泳ぎ手? 水中ハンター説に不都合な証拠とは

2022年12月24日土曜日

(52) スピノサウルスは二足歩行で不器用な泳ぎ手? 水中ハンター説に不都合な証拠とは


スピノサウルス 最新の姿は2足歩行で不器用な泳ぎ? Spinosaurus, latest image, not an aquatic dinosaur


スピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)の半水棲説がIbrahimらによって2014年に提唱されて以来(文献1)、その姿や生態についての議論が続いてきました(話題18話題44話題45とその追記)。

最も関心を集めているのは、スピノサウルスが単に水辺で魚を捕らえるだけのような生活をしていたのではなく、泳ぎが達者であり、水深が十分にある場所で活発なハンターとして振舞っていたのかどうかという点です。2020年に尾が”ウナギの尾”のような形であったことが判明してらかも(文献2)、この恐竜の泳いだり潜ったりする能力を疑問視する見解が出されています(話題44話題45とその追記)。また、陸上での体勢についても、前足を使っての四足歩行であったのか、あるいはおもに後ろ足だけの二足歩行であったなのか、という疑問が続いています。

陸上から水中での生活に適応するように進化した脊椎動物(恐竜とともに中生代の終わりに絶滅した海棲の爬虫類が含まれます)を二次的水棲脊椎動物(secondarily aquatic vertebrate)と呼びます(文献3、4)。半水棲(semiaquatic)の用語は、水棲動物の中でほぼ常時水中生活をするのではなく、陸水の両方に日頃の生活を依存している動物に用いられています。スピノサウルスは魚食中心の生活をおくっていたことは間違いありません。問題は水中で自在に動きまわることができたハンターだったのかということです。

2014年のIbrahimらの論文(文献1)の共著者であったSerenoはHenderson(2018年に最初のスピノサウルス3Dモデルを構築(話題44、文献5))やその他の研究者ととも2022年11月に「スピノサウルスは水棲恐竜ではない」というタイトルの論文(文献6)を発表しました。ここでの「水棲」は日頃の生活のかなりの部分(または全て)を海洋や河川に依存するという意味で、水中生活とは無縁であったということではありません。

この研究では新たにスピノサウルスの体を3D(三次元)のモデルで構築。まず最初にこれまで得られている骨格標本についてCT(コンピュータ断層撮影、computed tomography)によるスキャンをおこないました。そこにワニやその他の爬虫類、および鳥類の知見を参考にして、骨格筋だけでなく、肺、気管、そして気嚢(きのう)という体内の空隙の領域(3パターンのバージョンを用意)を加えました。

再構築した骨格像から、体長は14メートルとなり、2014年の報告よりも1メートル短くなっています。各部分をみると、首は10パーセント以上、前足全体は30パーセント、ともに縮小。胸郭(きょうかく、胸周囲の部分)の厚さも25パーセント小さくなりました。2014年の2D骨格モデルは体の前方部分にサイズが過大に見積もられていたところがあるというわけです。当初胴体中央部にあるとされた体の重心の位置は、この骨格筋と体内の空隙も考慮した今回の3Dモデルでは後ろ足付け根のごくわずかだけ前方の脊椎部分に、そして浮力の中心もそこから少し腹側前方に移ったところにあります。推定体重は7.4トン。密度は立方メートル当たり833キログラムと、真水や海水よりも小さく、他の各種恐竜についての推定値の範囲内におさまっています。

2022年3月にはスピノサウルスの大腿骨などの骨密度が高く、水中を潜ることが得意な四肢動物の特徴をあらわしているという発表がありました(文献7;話題45の追記)。しかし、今回の研究では近縁のスコミムス(Suchomimus tenerensis話題44の系統樹の図をご覧ください)と同様に、体の複数の同じような場所に浮力を増す要因となる気嚢や骨組織内部の空隙がありました(話題45の追記にも記載)。スピノサウルスの場合、後ろ足の骨の緻密さは、ハドロサウルスにもみられるように巨体を二本足で支えるためなのであろうと著者のSerenoらは考えています(文献8)。

これらの結果から、スピノサウルスは陸上ではおもに後ろ足による二足歩行をおこない、このサイズの個体ならば、水深が2.6メートル以上の水中では体は浮かんでいたとSerenoらは推定しました。この記事の挿絵をご覧ください。

活発な水中ハンターに必須となる、泳ぎと潜りの能力について、3Dモデルからはどのように評価されたのでしょうか。

ワニの尾の型と動きを参考に、泳ぐ速さは水面では秒速0.8メートルまで、水中では秒速1.4メートルまでと推定され、現生の体の大きな魚や水棲哺乳類よりも1桁は小さいレベルになりました。

体の密度が海水だけでなく真水よりも小さいので、潜るためには力強い尾のはたらきが必要になります。しかし、そのための推進力を得るには、この論文の著者たちによると、尾の推定最大能力の25倍もの力が必要であり、おまけに水面から潜ろうとして下方への体の回転を始めると、尾は浮力中心の近くから伸びているのですぐに水面の上に出ようとしてしまいます。さらには、この体では水上、水中での安定性や獲物を追う際に必要な自在な運動の制御にも問題があるという結果です。文献5で指摘された水面で横倒しになりやすい傾向も変わりません。

スピノサウルスの場合、大きな前足の運動で泳ぎや潜りの能力を高めることができるのか? また、水かきをもっていたのかどうか? 否定はできないものの、今のところこれらの可能性を示す証拠はないようです。ワニの遊泳の場合、前足と後ろ足はともに泳ぎ出しと低速の時におもに使われ、より早く泳ぐ際には抵抗を低くするために体にくっつけるようにして胴体と尾がうねります。スピノサウルスの大きな前足を含めた四肢の面積が全表面積に占める割合は他の水棲脊椎動物には類をみない高い値です。この後ろ足に水かきがあったとしても、安定性や推進力の増加にはそれほど寄与しないはずだとしています。

体軸のうねりが力強い泳ぎを生み出せるのですが、スピノサウルスの背中の帆のような構造を構成している神経突起の一連の並びは胴体の柔軟性を失わせるものであり、この頑丈なつくりは バショウカジキの背ビレのように折りたたむことはできません。また、2020年発見の尾の骨格の形は水中生活への適応の強い証拠とされましたが(文献2;話題45およびその追記)、泳ぐ四肢動物(クジラ、ワニ、モササウルス)、そして水面を走ることができるトカゲであるバシリスクと比べるとしなやかさを保証する構造に欠けます。

こうした推定の通りならば、水中を活発に泳ぎ回って獲物を襲う姿をスピノサウルスに対して想像することはどうも無理だということで、本格的な水棲動物ではなかった、すなわち魚食中心であっても岸辺、浅瀬で待ち伏せ中心の狩りをし、水面をゆっくりと泳ぐことは可能なものの、うまく潜ることはできなかったはずだとSerenoらは論じています。

最後にこの論文ではスピノサウルスの棲息場所について述べています。ほとんどのスピノサウルスの化石はアフリカ北部で見つかります。著者たちは彼らがニジェールで見つけたスピノサウルス(ただし、S. aegyptiacusかどうかは同定できていません)の上顎の骨は当時の海岸線から遠く離れた内陸部からのものであったことを重視しています。絶滅種を含めても、これまで知られている大型の水棲脊椎動物は海棲であるからです。

とはいえ、競合する他の動物を含めた環境の中で水棲への適応の度合いがまだ高くなく、水中動作が限られたこのような段階であっても、大きな河川や湖の中で結構長い時間を過ごし、その巨体を維持できるような生態系中の地位を確保していたということはあったのかもしれません。しかしながら、スピノサウルスが泳ぎに秀でた水中ハンターであったことを強く支持する証拠は今のところ得られていないようです。

スピノサウルスをめぐる議論は今後どのように展開していくのでしょうか。新しい発見とその解釈が期待されます。

【追記】水鳥のような流線型の体型をもつ小型恐竜の発見

モンゴルで新しく見つかった小型恐竜は細長い首と流線型の体は潜水が得意な水鳥の特徴とそっくりで、頭部の構造からも、おそらく泳ぎが得意で半水棲の生活をおくっていたという報告が2022年12月に出ました(文献9)。このナトベナトル(Natovenator)という50センチメートルに達するかどうかの小さな獣脚類恐竜は、その肋骨の先が後方に向いて流線型の体づくりに貢献している点も水鳥、そして半水棲哺乳類のカモノハシなどとも共通しています。ペンギンのように前足に頼る泳ぎをしていたのかと思われるのですが、詳しい考察はできていません。話題40で紹介したハルシュカラプトル(Halszkaraptor)に近縁で、著者たちはハルシュカラプトルも流線型の体でナトベナトルと同じような生活をおくっていたという推測が可能と考えています。

文献
1: Ibrahim, N. et al. (2014). Science, Vol.345, 1613.
2: Ibrahim, N. et al. (2020). Nature, Vol.581, 68.
3: Fish, F. E. (2016). Integr. Comp. Biol., Vol. 56, 1285.
4: Motani, R. (2009). Evo. Edu. Outreach., Vol. 2, 224.
5: Henderson, D. M. (2018). PeerJ, Vol. 6, e5409; DOI 10.7717/peerj.5409.
6: Sereno, P. C. et al. (2022). eLife, e80092.  DOI: 10.7554/eLife.80092.
7: Fabbri, M. et al. (2022). Nature, Vol. 603, 852.
8: Myhrvold, N.et al.(2022). bioRχiv (Preprint server for biology/Cold Spring Harbor Laboratory), Version: April 14, 2022. DOI: https://doi.org/10.1101/2022.04.13.487781.
9: Lee, S. et al. (2022). Commun. Biol., Vol.5, 1185, DOI: 10.1038/s42003-022-04119-9.

文献6 アクセス先:Sereno, P. C. et al. (2022). "Spinosaurus is not an aquatic dinosaur" eLife, e80092

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