恐竜の話題(論文紹介): (45) 新発見、スピノサウルスの尾の化石 ~泳ぎに適した形は半水棲の生活を裏付ける

2020年6月27日土曜日

(45) 新発見、スピノサウルスの尾の化石 ~泳ぎに適した形は半水棲の生活を裏付ける



 [最後の追記および話題52もご覧ください] スピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)の新たな姿が2020年4月の論文(文献1)で発表されました。ティラノサウスの体長をも凌ぐようなこの巨大な肉食恐竜が活発に泳ぎまわり、捕食も水中でおこなうという半水棲の生活をおくっていたかどうかについては、これまで疑問点も出されていました(提唱されたスピノサウルスの姿の変遷と半水棲説にまつわる経緯については話題18話題44をご覧ください)。

今回の報告は2014年に半水棲説(文献2)を提唱したIbrahimをはじめとした研究グループによるものです。彼らは半水棲に適すると考えられる再現骨格を組み上げるもととなった複数の個体からの化石が得られたアフリカモロッコのケムケムの地で次の発見に挑みました。
その努力は、単一の個体のものと考えられる、かなり完全な尾の化石を掘り出すという大成功で報われたのです。その前の2014年発表の尾の再現部分はごく限られた部分の情報にもとづいたもので、スピノサウルスが属する獣脚類一般にみられる形となっていました。新たな標本はこれとは決定的に異なる特徴をもっていたのです。驚くべきことに、尾は上下に広がった扁平な形となって後ろに伸びており、全体がまるで鰭(ひれ)のようです。この尾をワニのように左右にしならせ、推進力を得ることができるのなら、この恐竜がもつそれ以外の特徴(話題44参照)とともにスピノサウルスが半水棲であったという考えを支持するきわめて強力な証拠となります。この証拠を論文1では次のように示しています。

まず、今回の尾の形態の確からしさについては、得られた30以上の椎骨のセット中に重複する部分がなかったこと、そしてその内部構造の調査の結果、異なる箇所の骨がいずれも同じような成長段階であったことから、得られた化石が他の種の恐竜や成長段階の異なる個体のものとの混じりものではないと考えられます。また、今回の化石のいくつかの部分が第二次世界大戦で失われた最初のスピノサウルス標本(話題44参照)中のパーツの形態を描いた図と大変良く合っていました。この新たな化石は紛れもなく、スピノサウルスのものです。

この尾を構成する椎骨には注目すべき点がありました。脊椎関節の前方後方の突起がともに小さい(後方の突起は尾の末端付近になると、ほとんどない状態)ために、とくに尾の側面方向の動きの際の椎骨同士の干渉の度合いが少なく、他の獣脚類に比べて柔軟な動きが可能となる構造です。これとまったく対照的なのは、椎骨同士ががっちりと補強しあった尾を、ほとんどしならせることなく振り回したはずのアンキロサウルスです(話題35)。
この尾がどの程度水中での推進力を生み出すことができるのか、研究グループはシミュレーションで検討してみるのではなく、尾を型どった、ある程度の柔軟性をもった小さなプラスチック製の板を用いた実験をおこないました。スピノサウルスの尾の形と比較してみたのはコエロフィシス、アロサウルスの2種の獣脚類恐竜の他、ナイルワニ、クシイモリ(Triturus dobrogicus)の尾の形、そして単なる長方形の板。これらの尾の模型となるプラスチック板をプログラムされた動きを与えることができる軸に取りつけて水路に入れます。そして現存する四肢動物の水中でのゆっくりとした泳ぎ一般に相当する動きを与えた際の水を押す力とその効率(消費エネルギーに対してどれだけの推進力が生み出されるかの指標)を調べてみました。その結果、スピノサウルスの尾の型はコエロフィシス、アロサウルスのそれらと比べると、それぞれ8倍、3倍の推進力(これはコントロールとして用いた長方形の板とほぼ同じレベル)を発生していました。まあ、その形からしてこの大きな差が出るのは見ただけで歴然ではありますが。最大の力を発揮したのはクシイモリで、ワニはこれに続きます。ただし、効率はワニがトップの成績でした。

著者たちは垂直に立つ大きな面積をもつスピノサウルスの尾は泳ぎの際の推進力を得るだけでなく、体の安定性にも寄与するはずと述べています。2014年発表の体の形では水面ですぐに横倒しになってしまうというHendersonらのシミュレーションの結果(文献3;話題44参照)に対するコメントです。
また、Hendersonらはスピノサウルスの体の重心の位置がIbrahimらの2014年の発表とは異なり、もっと後ろにあるのではないかと推測していたのですが(文献3)、新たな尾をもった今回の姿からはこれら二つの推定位置の中間あたりに重心があることを示しました。前寄りの重心は水中での前進に好都合です。

今回の発見はこれまでのスピノサウルスの体を再現するにあたって欠けていた非常に重要な部分を明らかにしたものです。その他の体の特徴(話題44)と合わせ、この恐竜が半水棲の生活をおくっていたであろうと納得できます。前脚の部分(文献4)の確認など、より確からしい全身像を把握するためにはまだ今後の発見が必要でしょうが、水中の獲物を捕らえるのに適した方向に進化したこの特異な姿は、中生代における恐竜の広範な多様性の一面を示しています。


【追記(1) 2022年1月】スピノサウルスは達者な水中のハンターであったのか? 半水棲説についての議論は続く
これまでの証拠から、スピノサウルスが水中の獲物を好んで捕らえていたことは間違いないのですが、その狩りの様子についてはまだまだ議論が続きます。
文献5はスピノサウルスの骨格全体にわたり、構造を再検討しています。ワニやカバとは異なり、通常は身を水中に沈めているのではなく、水中を探索するときも、比較的浅い岸辺で鼻の穴より先の部分を水に入れ、足先は水に沈めながらも水面より上から獲物をねらうのに頭部と首の構造は向いていると推測。ひれ状の尾については、強い推進力を生み出すだけの筋肉を付着できるような骨格構造をもっていないようだと指摘しています。水辺で魚を獲るとともに、陸上でその他の獲物も狙うような生活をしていたと考えるのが妥当であり、水中を活発に泳ぐハンターの姿を支持する証拠は得られていないと結論づけています。
文献6は、どれくらい効率よく水中を進むことができたのかどうかについては、尾の形だけを体の小さなイモリなどと比較するのではなく、スピノサウルスの体全体の動きがどのように周囲の水に作用するのかを流体力学的に考察しなければいけないとの観点で、この恐竜の骨格の柔軟性、皮膚表面の構造も重要であるとしています。3Dシミュレーションで泳ぎの能力にどこまで迫れるのか、注目されています(文献7)。

【追記(2) 2022年4月】骨の密度に注目してみると

 スピノサウルス半水棲説を最初に提唱したIbrahimを含む研究グループの報告が2022年3月に発表されました(文献8)。
この恐竜の骨密度が高く、水中での行動に適していることは以前から知られていました(話題1844)。今回は対象を多くの現生種と絶滅種の動物に拡大してこの点を調べてみたのです。
スピノサウルス(Spinosaurus)とバリオニクス(Baryonyx)はともにいろんな箇所の骨の密度が高く、水中捕食と判断されました。骨内部のつまりぐあいがワニ、そして鳥類、哺乳類の中で水中を潜る行動をとる種類のものに匹敵するのです。水中で獲物を捕食して生活していたという説をさらに補強するものです。同じくスピノサウルスの仲間であっても、骨密度がそこまでは高くなく、このカテゴリーに入らないとされたスコミムス(Suchomimus)も系統樹中の位置(話題44の図2をご覧ください)を考えると、住んでいた環境へ適応したための変化であり、水辺の生活と無縁とは言えないようで、以前からスピノサウルスに対して指摘のあった岸辺や浅瀬から水中を狙う狩りをしていた可能性があります。骨密度の増加は他の非鳥類恐竜に認められませんでした。スピノサウルスは現生の動物でもみられない変わった特徴をもっていたようで、この研究グループは非鳥類恐竜が淡水中にも生活圏を広げていたことを示す重要な報告としています。
しかし、Ibrahimらの最初の論文(文献2)の共著者であったSerenoを含む複数の研究者はこれらのデータのとり方に問題があるとして、この結論に異議をとなえています(文献9)。話題52へ続きます。

文献
1: Ibrahim, N. et al. (2020). Nature, Vol.581, 68.
2: Ibrahim, N. et al. (2014). Science, Vol.345, 1613–1616 .
3: Henderson, D. M. (2018). PeerJ, Vol. 6, e5409; DOI 10.7717/peerj.5409.
4: Hone, D. W. and R. H. Tomas (2017).Acta. Geological. Sinica, Vol. 91, 1120.

追記部分の文献

5: Hone, D. W. E. and T. R. Holtz (2021). Palaeontologia, 24, a03.
6: Gimsa, J. and U. Gimsa (2021). Life, Vol. 11, 889.
7: Brusatte, S. L. (2021). Curr. Biol., Vol. 31, R1363.
8: Fabbri, M. et al. (2022). Nature, Vol. 603, 852. 
9: Myhrvold, N.et al.(2022). bioRχiv (Preprint server for biology/Cold Spring Harbor Laboratory), Version: April 14, 2022. DOI: https://doi.org/10.1101/2022.04.13.487781.


Copyright © Ittoriki __All rights reserved.