恐竜の話題(論文紹介): (44) スピノサウルス、泳ぎは得意でなかった?

2019年3月21日木曜日

(44) スピノサウルス、泳ぎは得意でなかった?



[この話題の続きは話題45] 大型肉食恐竜のスピノサウルスは泳ぎが達者な半水棲の動物であったのではないかという2014年発表の学説(文献1)は大いに注目を浴びました(話題18をご覧ください)。これに対し、この2014年発表の姿が仮に正しかったとすると、スピノサウルスは水中で活発に活動するのは無理だっただろうと推測する論文(文献2)が2018年に発表されました。

[図1]  スピノサウルス2態(上図:文献3参照、下図:文献1参照) 

[図2]  スピノサウルスの仲間 (文献4参照) 

こうして登場した泳ぐスピノサウルス像


スピノサウルスとその仲間は陸上で棲息する動物ではあるものの、魚食であり、水辺での生活をおこなっていたのではないかという考えはおもに次のような発見にもとづいています。

・前方に伸びた口や歯の形と配列を含む頭の前部の構造が水中生活に適応したワニに似ている(文献5、6)。
・バリノニクス(Baryonyx)の化石から消化半ばの魚のウロコが見つかり、実際に彼らの食べ物に魚が含まれていたことがわかった(文献7、8)。

この分類グループの恐竜はおもに後足による二足歩行をおこない、スピノサウルスも同様であると考えられていました。水量の豊かな河川や湖の水辺で暮らしていたとしても、盛んに泳ぎまくるような行動は考えられませんでした。水に深く入り込むのではなく、岸辺や浅瀬から魚を捕る想像図がよく描かれています。このような生活は半水棲とはいえません。

しかし、2014年のIbrahimらの論文(文献1)で報告されたスピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)の姿はそれまでのものを一変させるものでした。水中を泳ぐのが得意であったと考えられるにいたった形態の特徴は次のようなものです。

・長い首と胴体。後足が短く、体の重心が後足やひざよりも前方にある。陸上では四足歩行していたはず。前寄りの重心は水中で泳ぐ際に役立つ。
・足の裏が平らなのでやわらかい水辺を歩くに都合がよい。

さらに次のような特徴が見つかりました。

・口先にはワニがもつ水圧を感知するセンサー(文献9)があったと思われる跡がある。
・長骨(四肢を支える骨)の芯の部分に髄腔がみられないため、比重が大きい。水中に潜るには都合がよい。

Ibrahimらはスピノサウルスが平らな足の裏で水を蹴り、尾を振って泳ぐ姿を想像し、半水棲の生活をおくっていたと考えました。骨格展示の横には水かきを使って力強く泳ぎながら魚を襲う想像図も掲げられました。
しかし、話題18で紹介したように、この復元像は異なった場所で見つかった部分的な骨格をつなぎ合わせて出来上がったものであり、これが本当の姿かどうかは今後の発見を待たねばならないという見解が出されています(文献10、11)。
このような事情がある中、このIbrahimらによって復元されたスピノサウルスが優れた泳者であるかどうかを論文2の著者Hendersonは自身の3次元デジタルモデルを使った手法で調べてみました。

泳ぐスピノサウルスの再検討


Hendersonの手法(文献12)では対象となる動物の表面を細かくメッシュに分けて3次元モデルを作製、これを胴体や四肢の長軸に沿ってスライスしてゆきます。体の各部の密度を設定する際には、肺、そして鳥や恐竜の場合には気嚢なども含めた内部構造を考慮します。スライスごとの値をもとに体全体の重量、重心を求めるというもので、体の形、密度の設定が正しく行える現生の哺乳類、鳥類では実際の測定値によく合う結果を得ることができています。あくまで条件設定内での計算上の結果を求めるだけのものですが、この手法を用いて体の形をもとに恐竜の挙動を推測することもできます(文献13、14)。

Ibrahimらのスピノサウルスの姿、大きさをこの手法に当てはめたところ(文献2)、重心はその長い尾の存在もあり、ティラノサウルスよりもやや後方に位置するくらいでした。泳ぎに適している前寄りの重心をもつというIbrahimらの主張とは異なる結果です。通常は四足歩行であっても、後足での二足歩行も十分できそうです。また、短い足でも陸上歩行は可能であると同時に、水に浮きながら無理なく呼吸をする体制をとれることが示されました。しかし、この水に浮く姿勢は近縁の仲間であるバリオニクスだけでなく、ティラノサウルスやコレオフィシスなど、陸棲であることがはっきりしている他の恐竜でも可能という結果でした。もともと、獣脚類一般にみられる柔軟性に欠ける尾、股関節の寛骨臼(かんこつきゅう)という穴の部分に深くはまり込んだ大腿骨の様子からは巧みな泳ぎを期待できないとHendersonは考えます。
また、ワニの3次元モデルについては肺の空気を吐き出すと水中に体が沈むことを正しく示せるこの手法で、スピノサウルスは体が浮きっぱなしになるという結果が得られました。水に潜って獲物を捕らえることはこれでは無理です。さらに明らかとなったのは、水上での体の不安定さです。体が左右にある程度傾くと横倒しとなってしまい、足で水をかかない限り、そのままではもとに戻らないのです。安定した姿勢をとり辛いということは半水棲動物では致命的に思えます。ワニはもちろん、他の恐竜のモデルは全て水面で静止した状態で自立的に傾きを回復することができます。
Hendersonの3次元モデルを使ったシミュレーションの結果は、Ibrahimらの発表したスピノサウルスの姿では自在な泳ぎはできなかったのではないかということで、半水棲説に疑問を呈したものです。

Ibrahimらのスピノサウルスの姿が正しかったとしても、この恐竜が半水棲とはいえないという考えは以前からありました。
たとえば、鼻の穴の位置が一般の獣脚類恐竜よりも後方にあるのですが(文献1)、水面から出やすい背側方向には移動してはいないので、水中で活動する際の息継ぎを効率化するまでに特化したもとはいえないということがあります。
スピノサウルスの仲間は魚だけでなく、他の恐竜や翼竜も食べていたことは知られているところです(文献15)。スピノサウルスの化石の発見されている地域とその白亜紀の環境との関連を調べてみると、獲物となる水棲動物が豊富な岸辺のある環境が棲息域になっていたことは間違いないものの、この恐竜はそのような環境以外の地域でも生活していたことも確かであったようです(文献16)。スピノサウルスの行動、食性の多様性を示唆しています。

話題18でも触れましたが、スピノサウルスの仲間が半水棲であったことを支持する証拠として酸素同位体元素分析の結果がよく引用されています。歯のエナメル部分の組成分析をおこなってみると、重い酸素同位体の含量が低かったのです(文献17、18)。含量の違いを生じる要因はいくつもありますが、解釈のひとつは次のようなものです。陸棲動物は皮膚をとおしての蒸発が水棲動物に比べて大きいうえに水の取り込みと排出は少ないため、蒸発しにくい重い酸素同位体が多くなり、その酸素元素がリン酸として歯に取り込まれるので重い酸素元素が多くなるというものです。スピノサウルスは他の獣脚類と比べると重い酸素同位体の成分が少なく、その時代のその地域に生息していたワニやカメという半水棲の動物とその他の獣脚類との間の値を示す傾向が得られたのです。水に入る時間が長かったことを支持します。
しかし、この傾向はその地域の状況や、対象となる動物の行動によって変動しうるもので、実際、スピノサウルスと他の獣脚類で違いが見出せない地域もあります(文献18)。

同位体元素分析でも、酸素ではなく、カルシウムに注目し、肉食恐竜が魚、草食恐竜のどちらをよく食していたのかということを推定した論文があります(文献19)。広い水辺を含むよく似た生態系をもっていたというアフリカの二つの地域では、スピノサウルスが魚をよく食べていたであろうという結果が得られています。当時の巨大ワニ、サルコスクス(Sarcosuchus)よりも魚食に頼る程度が高いくらいでした。
こうした証拠からも、スピノサウルスが魚採りを得意としていたことは間違いないようです。
Hendersonはクマの場合と同様に、スピノサウルスの前足の長い爪が浅瀬で魚を狩るのに役立っていたと考えています。また、獲物の動きを水中で感知できる鼻先は岸辺からの狩りや浅瀬の中でも十分に機能したのでしょう。

これらの研究を概観すると、まだまだ不確かなスピノサウルスの姿についての現状が浮き彫りになってきます。全身の姿にさらに迫れるこの恐竜の新たな化石の発見が大いに待ち望まれます。

 文献
1: Ibrahim N. et al. (2014). Science, Vol. 345,1613.
2: Henderson, D. M. (2018). PeerJ, Vol. 6, e5409; DOI 10.7717/peerj.5409.
3: Dal Sasso, C. et al. (2005). J. Verteb. Paleont., Vol 25, 888.
4: Hone, D. W. and R. H. Tomas (2017).Acta. Geological. Sinica, Vol. 91, 1120.
5: Rayfield, E. J. et al., (2007). J. Verteb. Paleontol., Vol. 27, 892.
6: Cuff, A. R. and Q. J. Rayfield (2013). PLoS ONE, Vol. 4, e65295.     
7: Charig, A. J., and A. C. Milner (1986). Nature, Vol. 324, 359.
8: Charig, A. J., and A. C. Milner (1997). Bull. Nat. His. Mus. Geol., Vol. 53, 11.
9: Leitch, D. B. and K. C. Catania, (2012). J. Exp. Biol., Vol. 215, 4217.
10:Evers, S. W. et al. (2015). Peer J., DOI: 10.7717/peerj.1323.
11:Hendrickx, C. et al. (2016). PLoS ONE, DOI:10.1371/journal.pone.0144695.
12: Henderson, D. M. (1999). Paleobiol., Vol. 25, 88.
13: Henderson, D. M. and R. Nicholis (2015). Anat. Rec., Vol. 298, 1367.
14: Hutchinson, J. R. et al., (2007). J. Theor. Biol., Vol. 246, 660.
15: Buffetaut, E. et al. (2004). Nature, Vol. 430, 33.
16: Sales, M. A. F. et al., (2016). PLoS ONE, Vol. 11, e0147031.
17: Amiot, R. et al., (2010). Geology, Vol: 38, 139.
18: Amiot, R. et al., (2010). Palaeogeog. Palaeoclim. Palaeoecol., Vol. 297, 439.
19: Hassler, A. et a., (2018). Proc. Biol. Sci., Vol. 285, 20180197.

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