恐竜の話題(論文紹介): (53) アンキロサウルス類の鳴き方は鳥類タイプだった可能性 

2023年3月28日火曜日

(53) アンキロサウルス類の鳴き方は鳥類タイプだった可能性 

 
恐竜アンキロサウルス(ピナコサウルス)鳴き声ankylosaur(Pinacosaurus) vocal communication



植物食の鎧(よろい)竜の仲間である、アンキロサウルス類(話題35)ピナコサウルス(Pinacosaurus grangeri)の化石の中には、気管の上部(入口)に位置する喉頭(こうとう、larynx)が含まれていたことがわかりました(文献1)。
その構造には鳥類との共通点がみられました。鳥類を除く爬虫類(系統学的には鳥類も爬虫類)、そして両生類、哺乳類もそうですが、喉頭は鳴き声の音源となる器官です(文献2)。しかし鳥類では音源は喉頭ではなく、もっと奥の、気管の下端から左右の肺につながる気管支が分岐する箇所にあらたにできた鳴管(めいかん、syrinx)という器官にあります(話題29の図、および下図、文献3、4)。鳴管、または鳴管と同じような機能をもつ器官が恐竜にあるかどうかは不明ではあるものの、ピナコサウルスの喉頭の特徴は音源が喉頭以外にある鳥類タイプの発声方法に近かったのではという証拠を示した興味ある日米共同研究が今回の話題です。

発声器官(喉頭,鳴管)哺乳類,ワニ,恐竜アンキロサウルス,鳥類; vocal organs (larynx_syrinx) mammal, crocodile, ankylosaur(Pinacosaurus), bird

 [ 図 ]  哺乳類、ワニ類、恐竜ピナコサウルス、鳥類の発声器官の位置 
             哺乳類の喉頭の上部にある構造は甲状軟骨(thyroid cartilage)


化石化した喉頭の発見


モンゴルの白亜紀の地層から2005年に発見されていたこのピナコサウルスの化石には、鳥類でのみ見つかる、おもに舌の機能に関連する骨が含まれていると報告されていました(文献5)。その結果が今回見直され、これらは喉頭の各部分であると修正されて、その構造についてあらためて考察がおこなわれました。別のアンキロサウルス類であるサイカニア(Saichania chulusanensi;系統樹は話題35の図2をご覧ください)の喉頭とも比較しています。
喉頭の部分と同定されたのは、気管を囲む輪状(cricoid)骨、これにつながる披裂(arytenoid)骨、そしてこれらの周辺にある舌骨(hyoid)。本来、軟骨からできている組織に化石化は通常望めません。しかし、鳥類では成長中に喉頭、気管、鳴管の軟骨のカルシウム沈着の程度が進んで固い骨となる例が知られています(文献6、7、8)。中世代の鳥類に見つかった鳴管の化石(文献9、話題29)もそうでした。優れた発声の能力が鳥類で重要であることに関連がありそうです(文献7)。今回、アンキロサウルス類の喉頭部分の化石化した骨が見つかったことで、他の恐竜についての今後の発見に期待できるかもしれません。

ピナコサウルスの喉頭は鳥類に似た特徴


ここで同定された骨の形はピナコサウルスとサイカニアの間で異なるところがあります。ピナコサウルスでは左右の輪状骨が融合しておらず、それらの突起もあまり著しくないのですが、それはこの個体ががまだ成長途中にあるためではないかと考えられました。他の動物との形と大きさについての比較検討は骨がそろっているピナコサウルスの標本についておこなわれました。

その喉頭の特徴は、顎(あご)の骨と比べた場合の輪状骨と披裂骨の大きさから、ワニやウミガメなどの音声を発する現生爬虫類よりも鳥類にみられるパターンの中に入るというものでした。
披裂骨に結合する筋肉の働きで肺からの空気の量を調節するゲート部分(声門、glottis)が広がることはワニや鳥類で知られています。ピナコサウルスでは披裂骨と輪状骨とのしっかりした接合部分を中心とした回転でこのゲートを楽に開くことにより、多くの空気を送り出せたと考えられました。

喉頭は呼吸の調整や気管に異物が入らないように保護する働きの他に、上に述べたように鳥類以外の鳴き声を出す現生の四肢動物の中では、その鳴き声の音源となる役割をもっています。そして鳥類では喉頭は音源として機能するのではなく、鳴管で生じた音の大きさ(振幅)や高低(周波数)などを調節する変調をおこないます(文献 10、11)。変調にはその他の体の部分(気管、咽頭(いんとう)、食道など )も深く関係しますが、鳥類の喉頭のこの機能は音声コミュニケーションをより豊かなものにしています。なかでもさえずりが得意な鳥は、鳴管内の左右に分岐した部分二か所から独立に音を出し、組み合わせによって複雑な音声をつくりだすこともできます(文献12)。
ピナコサウルスの喉頭はその形と相対的な大きさから、鳥類と同様、音源としてではなく、空気の流れを調節して音の変調をおこなう機能をもっていたのではないかとこの論文では推定しました。声門を大きく開いてしっかりした声を送り出せただけでなく、喉頭を使っての状況に応じた鳴き分けができたというわけです。

この推論のとおりならば、ピナコサウルスでは鳴管、またはこれに似た音源となる構造がおそらく気管の下端にあったのでは、と想像できます。
喉頭も鳴管もともに軟骨の他に筋肉やひだなどの柔組織からなり、ひだの振動が鳴き声のもととなる音を作り出す点は共通していますが(話題29、文献13)、発生学的には両者は別々の起源をもっています(文献3)。
喉頭から鳴管に発声源が交代した経緯は二通りが考えられます(文献3)。喉頭が音源の機能を保つ一方で鳴管が生じ、両方が音を出す段階を経て、最後はその機能が鳴管に移ったという考えがひとつ。もうひとつはまず喉頭の音源としての機能が退化し、いったん気管からの発声が衰退したのち、あらたな音源として鳴管ができたという考えです。気道の中で気管から気管支に分岐する箇所は気流によるストレスを特に受けやすいとされる場所で、ワニ(それ以外の爬虫類や哺乳類の仲間の中にも)ではその周囲の左右の軟骨の輪が融合してより強固な構造となっています(文献3)。この構造が音を出せる鳴管へと進化しました。鳴管からの発音は効率が良いとされていますが、長い首はその進化に好都合だったという説があります(文献14)。
また、喉頭の構造の変化と鳴管(または鳴管様の器官)の誕生については、恐竜の系統進化がその根元で二つに分かれている点も注目されるところです。アンキロサウルス類は一方の系統である鳥盤類、そして鳥類はもう一方の竜盤類です。この根元に到達するまでの進化にすでにある程度の特徴があらわれていたのか、または二つの系統に分かれてからそれぞれ独自に進化した結果なのかについても今のところはわかりません。いずれにしても鳥類タイプの発声の原型は恐竜、または恐竜以前の進化の中で生まれたことになります。

恐竜はどんな鳴き声?


この点はまさに興味が尽きません。大きな体の恐竜の発声にかかわる器官はそのサイズも大きいので、迫力ある声が出せたと思われます。同時に微妙な音の性質の調節も可能であったらしいことから、多彩な鳴き声は威嚇、求愛などの各種行動に欠かせなかったことも確かです。
一般に音声が最終的に体外に出るまでに、喉頭または鳴管といった音源に加えて、気道やその周囲のいくつもの部分が音の調節に複雑にかかわります。また、発声は肺の活動による送空で始まります。仮にこれらの器官のおおよその構造がわかったとしても、正確に鳴き声を再現できるものではありません。それでも仮想の音声としてどこまで迫ることができるでしょうか。
凄みのあるライオンやトラの咆哮(ほうこう)は、発声源となる喉頭上部の声帯の形が関係するという考察があります(文献15)。このような遠くまでとどろく咆哮音を出せた恐竜はいたのでしょうか。想像をたくましくしてくれるところです。
今回は話題25話題29に続く、恐竜の鳴き声に関するトピックでした。

 文献
1: Yoshida, J. et al. (2023). Commun. Biol., Vol. 6. doi: 10.1038/s42003-023-04513-x.
2: Riede, T. at al. (2015). J. Exp. Biol., Vol. 218, 991.
3: Kingsley, et al. (2018). Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. Vol. 115, 10209.
4: Goller F. (2022). Curr. Biol., doi: 10.1016/j.cub.2022.08.034.
5: Hill, R. V. et al. (2015). Zool. J. Linn. Soc. , Vol. 175, 892.
6: Garside, J. S. (1968). Vet. Rec., Vol. 82, 470.
7: Hogg, D. A. (1982). J. Anat. , Vol.134, 57.
8: Soley, J. T., et al. (2015). Acta Zool. , Vol. 96, 442.
9: Clarke, J. A. et al. (2016). Nature, Vol. 538, 502.
10: Nowicki, S. (1987). Nature, Vol. 325, 53.
11: Riede, T. et al. (2006). Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. Vo. 103, 5543.
12: Suthers R. A. (1990). Nature, Vol. 347, 473.
13: Elemans, C. P. H. et al. (2015). Nat. Commun., Vol. 6, 8978.
14: Riede, T. et al. (2019).  PLoS Biol., Vol. 17, e2006507.
15: Klemuk, S. A. at al. (2011). PLoS One, Vol. 6, e27029.

文献1のサイト:
Yoshida, J. et al. (2023). Commun. Biol., Vol. 6. doi: 10.1038/s42003-023-04513-x.
“An ankylosaur larynx provides insights for bird-like vocalization in non-avian dinosaurs”

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