アンキロサウルス類 ~尾の威力+装甲を形づくる皮骨とは
アンキロサウルス(Ankylosaurus)は甲冑(かっちゅう)のような装甲をもつ植物食恐竜。尾の先端は膨らんだ骨の塊(ノブ)となっています。これに続くハンドルと呼ばれる部分は椎骨が突起によって前後に互いにがっちりと組み合っています。ハンドルとノブを含めた部分はクラブと呼ばれます(文献1)。このクラブをハンマーのように振って、肉食恐竜に対する防御に使っていたのではないかと考えられています。
【図1:尾の形態進化】
尾の形の進化
アンキロサウルスは中生代後期の恐竜でしたが、甲冑をもつその仲間は中生代中期のジュラ紀にすでに現れていました。
アンキロサウルスが属するグループはアンキロサウリア(Ankylosauria、曲竜(きょくりゅう)類)と呼ばれ、ステゴサウルス(Stegosaurus)が属するステゴサウリア(Stegosauria、剣竜(けんりゅう)類 とともに装盾(そうじゅん)類(ティレオフォラ、Thyreophora)という、より大きな分類グループに含まれます(図2)。
【図2:系統樹】 図中の青字は分類グループ名
アンキロサウルスの尾のクラブは特徴的な形をしています。しかし、その尾の先端の膨らみはアンキロサウルスの仲間の進化の後のほうになってから現れてきました。初期のアンキロサウリアの恐竜の尾は根元から先端までの各部を曲げることができるごく一般的な構造をしたものでした。その後の進化をみると、やがて尾の後半の領域で椎骨の突起により椎骨同士がしっかりと組み合い、融合したために棒状のハンドルが形成され、振り回せば野球のバットのように使える尾となりました。そして、さらに先端に特徴的な膨らみであるノブができるようになったのです(文献2)。
武器としての尾の威力
アンキロサウリアのグループの恐竜は多くの種類が知られているものの、知名度の高いアンキロサウルス自身の標本の数は実は大変限られています。尾のクラブが武器として使われた場合にどれくらいの威力があるのかについては、文献1がアンキロサウルスに比較的近縁とみられているディオプロサウルス(Dyoplosaurus)とエウオプロケファルス(Euoplocephalus)の化石標本のクラブの構造をX線断層撮影で調べた結果をもとに推測をおこなっています。エウオプロケファルスはクラブの大きさに違いがある複数の標本が使われています。
文献1は四肢や胴体を動かすことなく、地面水平に尾だけを振ったときの打撃の威力を推定しています。大腿骨のような緻密な骨が変形や破壊をおこさずに耐えられる圧力の限界は1平方センチあたり10,000 N(ニュートン)(100メガパスカル)程度までとされているところを、エウオプロケファルスの中でも大きなノブを持つ尾であれば、この値の何倍もの力を与えることができるという結果でした(打撃時間は瞬間的)。直撃すればかなりの威力です。尾の質量、力を発生する筋肉の量、尾の回転角度などを標本から推定するのですが、筋肉や腱についてのアンキロサウルス類の尾独特の部分には推定困難なところがあります。それでも考えられる前提条件の不確かさによる変動を考慮し、大きなノブを持つ尾はもちろん、中程度のサイズのノブをもつ尾でも相手にダメージをあたえることができるだろうという結論です。体を使って勢いをつけて尾をスイングすれば、さらに大きな効果を出すことができます。
そのような威力を発揮しうる尾ですが、尾自身も打撃の際には衝撃を受けます。
エウオプロケファルスの尾については、クラブが大きいものは全力で打撃を与えると自らが損傷してしまう可能性を文献1と同じ著者が報告しています(文献3)。相手の体格が小ぶりでない限り、手加減して尾を振り回す必要があります。あるいは、そもそも尾を武器として振り回すような行動はあまりとらなかった、という可能性もあります。武器として使用するには、尾の大切な部分を損傷から守るために、何等かの仕組みが備わっていたはずです。尾を包む組織がどのような成分からなり、どのような構造をしていたかはよくわからないうえに、文献3では衝撃を和らげる尾内部の靱帯、腱、筋肉を考慮に入れてはいません。エウオプロケファルスの尾は大きな破壊力を出しうる能力をもっていたことは間違いないものの、武器として用いた場合の尾の生体力学的結論はまだ出すことはできないとこの論文は締めくくっています。捕食者相手の防御のための闘い、または同種同士の争いで尾が使われたのであれば、どのような威力があったのか、相手側の打撃対象となる箇所の構造と組成に関するまだもう少し詳しい知見なども必要なようです。
なお、ノブの左右両側に打撃によって損傷した後を残しているという化石も見つかっており(http://www.bbc.co.uk/nature/life/Ankylosauria#p00cjjzp このページの中の”Tail club clues”)、これは尾が武器として使われた可能性を示します。
武器以外に考えられる尾の機能
ノブが幼体のうちにはみられない例も見つかっています。このことを考えるとノブの機能は成体になってから十分に発揮されるもののようです(文献1)。尾は捕食者相手、または仲間同士の争いの際の武器としてではなく(あるいは、武器としてだけではなく)、求愛行動を含めた仲間同士のデモンストレーションに使う装飾として機能するという考えもあります(文献1)。クラブの大きさ、形には雌雄の違いがある可能性は十分にあります。
なかにはクラブの先のノブを捕食者に対するダミーの頭として使っていたのではないかという論文もあります(文献4)。軟体動物や節足動物などでみられる戦略ですが、体が大きく、視力も発達している恐竜の間ではどこまで通じるのでしょうか。夜間はそんな戦略も役に立つことがあったのでしょうか。
皮骨(オステオダーム)とは骨のミネラル化が皮膚で起こったもの
この尾の先端のノブの内部は骨成分からなる塊です。この骨は椎骨が尾の先で変形したものではありません。
アンキロサウリアの背側の体表は皮骨(ひこつ、オステオダーム、osteoderm)と呼ばれる装甲で覆われていることが大きな特徴です。尾のノブもこの皮骨からなっています。
アンキロサウリアの身を守るのに欠かせないはずであった背中の装甲や尾のノブを形成する皮骨とはどのようなものなのでしょうか。
骨はコラーゲンやその他の繊維にリン酸カルシウムが沈着し、細かく結晶化することにより形成されます。骨のミネラル化と呼ばれる過程です。皮骨はこのミネラル化が皮膚で起こったものです(文献5)。
ワニの硬い外皮部分が現存生物の中で代表的な皮骨の一例といえます(文献6)。
体表の頑丈な構造といえば、カメが思い浮かびます。しかし、カメの背側の甲羅はスッポンの発生、および中生代三畳紀のカメの化石(文献7)を調べてみたところ、皮膚ではなく、より深い部分で形成される骨に由来し、この構造は皮骨ではないということが報告されています(文献8)。
皮膚に骨ができるとは少し不思議に思えますが、動物界の進化を見わたすと、必ずしも珍しいものではありません。四肢動物の両生類、爬虫類、哺乳類のいずれにも皮骨の例が認められています。一般に脊椎動物の発生の際、頭部から尾部にいたるまでの背側にある中枢神経の元になるチューブ状の構造ができあがる時に、ここから体の左右側面に移動分散してしてゆく一群の細胞があります。神経堤(しんけいてい)細胞または神経冠細胞と呼ばれるこれらの細胞は、その移動先で神経や筋肉などに分化する能力をもっています。これらの細胞はしかるべき信号を受ければ骨をつくる細胞にもなります。こうして体の深部で形づくられる骨格とは別に体の表面でも骨成分をもつ構造ができることがあるのです(文献9)。
ワニの発生を調べてみると、皮骨の発達は体の深部で進む基本的な骨格構造の形成よりも明らかに遅れます(文献6)。アンキロサウリアの恐竜でも、幼いうちはノブがみられないということから、尾の先の部分での皮骨の発達はかなり遅れて進んだはずです。
体の背面におけるこうした皮骨の発達がアンキロサウリアの大きな特徴です。
皮骨による背中の装甲の多様性
文献10では何種類ものアンキロサウリアの皮骨の部分を薄く切り出し、微細構造を顕微鏡で調べています。
ワニの皮骨にみられる、硬いプレート間をつないでこの連結部分の柔軟性を保つ繊維(シャーピー線維)がアンキロサウリアのこの部分にはありませんでした。一方で、以前にも観察されていた、これとは別のタイプの、しかし同じくコラーゲンからなると思われる特徴的な繊維が骨成分とともに皮骨に組み込まれ、装甲版の補強という別の機能を果たしていたようです。捕食者の歯の貫通を食い止めようとするなどの役割があったものと思われます。さらに皮骨内部の構造はアンキロサウリアのグループの中でも違いがあり、例えばアンキロサウルスに近い恐竜では表面の緻密な部分が薄くなっているという特徴がありました。軽量でも頑丈な装甲を皮骨が構築していたらしいことがわかってきました。
アンキロサウリアには様々なタイプの皮骨があることが知られていますが、もちろん網羅されてはいません(文献11)。このような皮骨の構造の多様性は装甲全体の形態の多様性にもつながります。
皮骨の表面にはケラチンを主成分とするウロコがあり、厳めしい外観をつくり出していたことでしょう。体の表面の様子が型取られて残った化石から、皮骨とウロコがどのようなパターンの装甲を形作っているかがわかることがあります。文献12では長方形の皮骨が並んだものをもつもの、ウロコが周囲をロゼッタ状に取り囲む円盤状の皮骨をもつものなどが報告されています。この多様性から、装甲の構造のパターンとこれらの恐竜の系統進化との関連が示唆されています。アンキロサウルスの仲間は多くが報告されてはいるものの、その分類は容易ではありません。頭部表面の複雑な構造物と頭骨との境界がわからないため、頭骨の形体そのものの把握を困難にしています(文献13)。装甲のパターンが類縁関係の判断材料のひとつとなるのかもしれません(文献12)。
アンキロサウルスの仲間とは類縁関係が近いステゴサウルス(図2)の背中の板と尾のトゲも皮骨からなっています。このうち、背板のほうは大型の肉食獣に対する防御としての機能をもつような頑強なものではなく、放熱や仲間へのディスプレイに使われていたと考えられています(文献14、15)。ステゴサウルスなどの剣竜がジュラ紀の終末とともに(一部はその先の白亜紀初期のうちに)いなくなってしまったのに比べ、アンキロサウルスの仲間である曲竜は中生代末期、恐竜時代の最後まで繁栄を続けたのが対照的です。
文献1:Arbour, V. A. (2009). PLoS ONE, Vol. 4, e6738.
文献2:Arbour, V. A. and P. J. Currie (2015). J Anat. Vol., 227, 514.
文献3:Arbour, V. and E. Snively (2009). Anat. Rec., Vol. 292, 1412.
文献4:Thulborn, T. (1994). Rec. S. Aust. Mus., Vol. 27, 151.
文献5:Francillon-Vieillot H et al. (1990). Microstructure and mineralization of vertebrate skeletal tissues. In Skeletal Biomineralization; Patterns, Processes and Evolutionary Trends, Vol. 1 (ed. Carter JG), pp. 471–548. New York: Van Nostrand Reinhold.
文献6:Vickaryous, M. K. and B. K. Hall (2008). J. Morph., Vol. 269, 398.
文献7:Li, C. et al. (2008). Nature, Vol. 456, 497.
文献8:Hirasawa, T. et al. (2013). Nat. Com., DOI: 10.1038/ncomms3107.
文献9:Vickaryous, M. K. and J. Y. Sire (2009). J. Anat., Vol. 214, 441.
文献10:Scheyer, T. M. and P. M. Sander (2004). J. Verteb. Paleont., Vol. 24, 874.
文献11:Arbour, V. M. et al. (2013). Acta Palaeontol. Pol., Vol. 58 , 55.
文献12:Arbour, V. M. et al. (2014). J Morphol., Vol. 275, 39.
文献13:Thompson, R. S. et al. (2012). J. System. Palaeontol. Vol. 10, 301.
文献14:Farlow, J. O. et al. (2010). Swiss J. Geosci., DOI 10.1007/s00015-010-0021-5.
文献15:Hayashi, S. et al. (2012). Palaeontol., Vol. 55, 145.
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