恐竜の話題(論文紹介): (36) 草食恐竜(植物食恐竜)のデンタルバッテリー

2017年6月11日日曜日

(36) 草食恐竜(植物食恐竜)のデンタルバッテリー

【図1】 ハドロサウルス類のデンタルバッテリーの構造(上)、および鳥盤類恐竜の歯の進化(下)



草食恐竜(植物食恐竜)のデンタルバッテリーとは? 精緻で巧妙な歯と歯列の構造、その進化


草食(植物食)の哺乳類は食べ物を口の中ですり潰してこなす処理に適した歯をもっています。平たくなっている噛み合わせ面(咬合面(こうごうめん))があり、顎(あご)に横方向の動きも加わる咀嚼(そしゃく)をします。

植物を栄養源とする恐竜の場合、その歯の構造と並びはどのようなものであったのでしょうか。
下の図2に代表的な植物食の恐竜の頭部と歯の並び(歯列)の側面の様子を模式的に示しました。

【図2】代表的な植物食の恐竜の頭部と歯列

話題17で紹介したように、恐竜の中でもとりわけ巨体を誇った首と尾の長い竜脚類は、体のわりには大変小さな頭部をもっていています。その典型が図2左上のディプロドクスです。竜脚類は十分な咀嚼ができるような作りではありません。噛み取った植物はそのままどんどん丸呑みして胃に送っていました。

図2の左下のプラテオサウルスは竜脚類より古い古竜脚類(竜脚類とともに竜脚形類というグループを形成します)で、ディプロドクスのような特化した形になる前のもとの古い歯とその並びをみることができます。竜脚類でもカマラサウルスやブラキオサウルスではディプロドクスのような極端な歯の位置の特化は起こっていません。

一方、図2の右側のステゴサウルス、エドモントサウルス、トリケラトプスはそれぞれ、剣竜、カモノハシ竜(ハドロサウルス類)、角竜の代表的な恐竜です。この中には哺乳類でもみられない、大変複雑な歯列の構造をもつようになった恐竜の仲間がいます。特に注目されるのが図1の上に示したハドロサウルス類の恐竜の歯列です。

なお、図2の左側は竜盤類、右側は鳥盤類の大きなグループに属します。話題34で紹介した新たな恐竜の系統関係、およびこれまでの系統関係、どちらの分類にしたがっても、竜盤類と鳥盤類の植物食恐竜のメンバーにかわりはありません。

ハドロサウルス類のデンタルバッテリーにみる複雑で精緻な歯の並び


一般に恐竜では爬虫類全般と同様に歯が抜け落ち、次の歯におきかわることが繰り返されます。ところがハドロサウルス類では歯の伸長にともなって、次の歯、そしてさらに次の歯と、次々と生えてきた歯が下から密に重なりながら伸長方向に列をつくります。横隣との歯とも密に列ができるので、この仲間の恐竜の顎には独特の複雑な歯の並びからなるかたまりができます(文献1)。この構造をデンタルバッテリー(dental battery)といいます。歯の先端は一定面積の噛み合わせの部分、咬合面が形づくられています。
 
ハドロサウルス類の緻密に発達したデンタルバッテリーでは、先に生えた歯と後から生えてきた歯が組み合わさっているために、歯の一本一本が抜け落ちることがありません。植物を食べる際には歯の先端の噛み合わせ部分で摩耗が進みますが、その一方で、基部の歯の伸長にともなってその先の歯も徐々に送り出されます(図1右上の上顎の断面図では下に向かって歯が伸びます)。この構造により、個々の歯の全ての部分が摩耗してなくなるまできっちりと使い切ることができます。

ハドロサウルス類のデンタルバッテリーの秘密を明らかにするため、歯の内部にいたるまでの構造を、切片を用いて詳しく調べた結果が報告されています(文献2、3)。
文献2ではハドロサウルス類の歯は硬さの異なる6つの部分からなると報告しています。文献3では歯を形成する組織の種類自体には特殊なものはなく、その組織の配置が一般の歯と異なることがこうした歯を形づくるのに重要であることを示しています。一般の歯との大きな違いはエナメル質とセメント質の配置にみてとれます(図1、図3)。エナメル質もセメント質も、どちらも骨と同じくリン酸カルシウムの一種であるハイドロキシアパタイトがその硬さの重要な成分ですが、エナメル質ではこれが極めて高度に石灰化しており、生体の中で最も硬い部分となります。通常、エナメル質は歯の露出部分の表面、そしてセメント質は歯の根元領域の表面をそれぞれ覆います。ところが、ハドロサウルス類では、歯の先端から根元近くにいたるまでの表面がエナメル質に覆われる側とセメント質に覆われる側に分かれています。ヒパクロサウルス(Hypacrosaurus)のデンタルバッテリーを使った詳細な観察からは、両者が重なっている箇所がありません(図3)。
このパターンは個体発生の初期にすでにみられることもわかりました(文献3)。歯が生え始めの時期に早くも歯の成熟がおこり、セメント質や象牙質の形成が急速に進む結果、このような構造になるのだろうと考えられています。

【図3】ハドロサウルス類の歯の表面の特徴

嚙み合わせの場所ではエナメル質、その反対側の側面のセメント質、そしてその間の歯の内部が露出し、硬さの異なる部分を持ち合わせている表面ができます(図1の右上の「咬合面」の部分です)。こうして噛み合わせ面に硬くて摩耗に強い分部だけでなく、少し弱い分部もあることで摩擦をうまく逃すことができます(文献2,4)。新旧の歯の内部が並んで同時に露出する噛み合わせの表面構造は、摩耗と下からの歯の伸長によって変化してゆきます。
文献3の形態観察は、あとから生えてくる歯が先に生えている上の歯の一部を吸収して成長していたことも明らかにしています。そして両者の歯は硬い組織などで結ばれて互いに融合することはなく、その間隙は歯の周囲にできる靱帯によってくっついているのです。精緻で巧妙なデンタルバッテリーの形を保ちつつ歯の成長を維持する仕組みにはこのようなメカニズムが働いていたらしいということがわかってきました。

トリケラトプスなどのケラトプス類にもみられるデンタルバッテリー


あとから生えてくる歯が先の歯と密に積み重なることによってできるデンタルバッテリーは、角竜の中でもトリケラトプス(図2右上)に代表される頭部にフリルと大きな角をもつケラトプス類(Ceratopsidae)にもみられます(文献5)。図1の模式図に示すように、同じ角竜でもバッテリー構造をもたないプロトケラトプスとは明らかな違いがあります。トリケラトプスでは古い歯から新しい歯までが数段に積みあがり、組み合わさっています。咬合面にはエナメル質、セメント質、そして両者の間の歯の内部が露出することにより、摩耗に強い分部と弱い分部ができていたこともハドロサウルスと似ています(文献4)。

竜脚類ニジェールサウルスはバリカンのような形のデンタルバッテリーをもつ


デンタルバッテリーは恐竜の進化の中で少なくとも3回、個々に独立してあらわれたことが知られています(文献6、7)。ハドロサウルス類とケラトプス類に続く3例目は、竜脚類グループの恐竜に見出されています。ニジェールサウルスです。

【図4】ニジェールサウルスの下顎

ニジェールサウルスは竜脚類としては決して巨大ではないのですが、その体形は典型的な竜脚類のものです。一風変わっているのは口先の形です。口の先には真横方向に一直線に歯が並ぶ張り出した顎があり、デンタルバッテリーを形成しています(図4)。まるでバリカンのようです。ディプロドクスも歯が口の先端近くに集まっていましたが、ニジェールサウルスはさらに極端です。デンタルバッテリーを形成しているその歯は舌側でエナメル質が厚くなっていることもわかっています(文献6)。
鳥盤類のハドロサウルス類やケラトプス類と異なり、ニジェールサウルスではデンタルバッテリーの機能は咀嚼ではなく、あくまで植物を噛みとる、あるいは鋤とる(すきとる)ことにありました(文献6、7)。長い首の先にある横に広がった口先と顎は地表の植物を次々に口に入れていくのに適応していたと考えられています。

デンタルバッテリーとハドロサウルス類の進化


ハドロサウルス類は種類も数も多く、地球上の低緯度から高緯度に至るまでの各地で広く生息し、最も繁栄した恐竜といわれます。北海道で全身の骨格が確認できた愛称「むかわ竜」もハドロサウルス類の恐竜です。ケラトプス類もハドロサウルス類とともに白亜紀末期まで繁栄を遂げていました。
こうした繁栄の背景のひとつには、当時の広範囲にわたる植生にこれらの恐竜がうまく適応していたことがあるに違いないという考えがあります。

鳥盤類のハドロサウルス類、ケラトプス類にみられるデンタルバッテリーは植物を噛んですり潰すにはうってつけの形のように見えます。とはいえ、デンタルバッテリーの構造は現生のどんな動物にもみられません。そのため、実際にこれがどのような動きをしていたか、詳しいことは不明です。骨格の形からハドロサウルス類は噛む力は強くなくとも顎にかかるねじりを使って繊維質の食べ物をうまく処理できたのではないかとされています(文献5)。歯の嚙み合わせの表面に実際に残された微小な摩耗跡から、ハドロサウルス類のエドモントサウルスは方向が異なる4種のモードの歯の動きによって植物を噛むことができたこと、そして、その動きにより植物をすりつぶすことができたであろうことがうかがえます(文献8)。

化石化したブラキロフォサウルスの腸からは、比較的均一で細かく処理された、食後あまり時間が経過していない植物と思われる内容物も見つかっています(文献9)。マイアサウラのものと思われる糞の化石には、多くの木質を含んでいる例も報告されており、状況に応じては樹木の硬い部分も胃の中に入れることがあったようです(文献10)。その論文の著者は、このケースは食べたものが微生物により腐りつつある木であり、ここからわずかな栄養分をとろうとした可能性もあると考えています。しかし、このような例もあるものの、歯に残された摩耗の跡がどの地域でも同じようであることなどから、一般にはハドロサウルス類はもっぱら同じような硬さの裸子植物である針葉樹の葉を食す生活を続けていたのだろうと推定されています(文献9、11、12)。

被子植物は白亜紀に植物界での勢力を拡大してゆきますが、明らかな繁栄を迎えるのは白亜紀の後期になってからです(文献13)。柔らかくて食べやすい分部が多いとはいえない裸子植物を主食とするための効率のよい咀嚼機能をもつデンタルバッテリーをもったことが、これらの恐竜の繁栄をもたらしたのではないかということが以下に紹介する研究結果とともに推定されています。

2016年にハドロサウルス類とこれに近い仲間を含む鳥脚類(ちょうきゃくるい、Ornithopod)の歯の構造や歯列のいくつもの形態的特徴の変化を、三畳紀中期から白亜紀の最後に至るまでの中生代の広い期間にわたって調べあげた報告が出ました(文献12)。その結果によると、ハドロサウルス類の進化では歯や歯列の形態の多様性が最初に進み、その後はその形態が基本的には大きく変化しないまま、やがてこのグループの恐竜の種類の増加がピークに達した時期を迎えたことがわかりました。まず初期の試みの中で、歯とその並びがうまく植生に合い、次にその構造を維持しながらその仲間の恐竜の種類が増えて繁栄したのではないかというパターンです。巧妙で精緻なデンタルバッテリーの出現が以後の繁栄の鍵のひとつとなったという考え(文献2、3、4,5)に合います。


文献1:Edmund, A.G.(1960). Tooth replacement phenomena in the lower vertebrates. Roy. Ont. Mus. Life Sci. Dic., Contr.52, pp 1-190.
文献2:Erickson, G. M. et al. (2012). Science, Vol. 338, 98.
文献3:LeBlanc, A. R. H. et al. (2016). BMC Evol. Biol., Vol. 16,152.
文献4:Erickson, G. M. et al. (2015). Sci. Adv. 1:e1500055
文献5:Bell, P. R. et al. (2009). Anat. Rec., Vol. 292, 1338.
文献6:Sereno P. C., Wilson, J. A. (2005). Structure and evolution of a sauropod tooth battery. In: Curry Rogers KA, Wilson JA, eds. The Sauropods: Evolution and Paleobiology. Berkeley: University of California Press. pp 157–177.
文献7:Sereno, P. C. et al. (2007). PLoS One, 11:e1230.
文献8:Williams, V. S. et al. (2009). P.N.A.S., Vol. 106, 11194.
文献9:Tweet, J. S. et al. (2008). Palaios, Vol. 23, 624.
文献10:Chin, K. (2007). Palaios, Vol. 22, 554.
文献11:Fiorillo, A.(2011). Palaeontol. Electron. 14(3), 20A.
文献12:Strickson, E. et al (2016). Sci. Rep. Vol. 6, 28904.
文献13:Magallón S, and A. Castillo (2009). Am. J. Bot., Vol. 96, 349.


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