恐竜の話題(論文紹介): (18) スピノサウルス--- 半水棲の巨大肉食恐竜、その姿と生態は?

2016年1月30日土曜日

(18) スピノサウルス--- 半水棲の巨大肉食恐竜、その姿と生態は?

  --- 続編は話題44へ ---

(上図は2016年版、ペリカンのように口を広げる様子) 第二次世界大戦末期の1944年4月、英国の爆撃機から投下された爆弾により、ドイツ、ミュンヘンの博物館とともに、その中にあった恐竜の骨格標本が焼失しました。失われたのはエルンスト・シュトローマー(Ernst Stromer)に指揮されて1912年にエジプトで発見された恐竜スピノサウルス(“トゲを持つトカゲ”)の化石標本。学名Spinosaurus aegyptiacus
背中のトゲが形作る帆のような構造が際立った肉食獣です。標本破壊後には限られた写真とスケッチのみが残されたのですが、もともとの標本そのものが全身像を得るにはまだほど遠い部分的なものであり、その部分的な骨格の再現にも誤りがあったと考えられます(文献1)。
スピノサウルスまたはその類縁と思われる恐竜の部分的な化石はアフリカを中心にいくつかの場所で見つかるものの、十分な情報がなかなか得られないまま、その形態や生態については謎が残っていました。


それでも細長い頭蓋骨、後退した鼻の穴の位置、歯の隙間、口の先端が少し広がり、そこにロゼット状に歯が並ぶ、などのこの恐竜の特徴から、おもに魚をエサにしていたはずだと推測できました(文献2)。肉食恐竜としては最大級の大きさであることも注目されてきました。2005年の論文では体長が推定で16~18 mにもなり、ティラノサウルスを上回るほどであったと報告しています(文献3)。これらの研究成果により、下の図の真ん中のような姿が復元されていました。


泳ぐスピノサウルスの登場


そのような中、米国のIbrahimらにより新たなスピノサウルスの全体象が発表されたのは2014年(文献4)。
アフリカのモロッコで地元の収集家が2008年に発掘した化石が発端でした。その化石が何であるかを知ったIbrahimらがその収集家を再び見つけ出して発掘の場所を知ることができ、2013年には新たな体の各部の化石を得たのでした。この収集家を再発見したいきさつですが、口ひげをはやしたその男の顔を記憶しているという手掛かりしかないままにモロッコでの捜索が進まず、Ibrahimたちがあきらめそうになりながらカフェに座っていたところ、見覚えのあるその顔が通り過ぎるのをたまたま発見したのだとNew York Timesの記事(2014年9月11日)は伝えています(http://www.nytimes.com/2014/09/12/science/a-nomads-find-helps-solve-the-mystery-of-the-spinosaurus.html?_r=0)。男は足早に歩いていたので、走って追いかけないといけなかったとIbrahimは述べています。

ここで復元された15メートルを超す体長を有するスピノサウルスの姿は、この恐竜が水中を泳ぎ、魚などを食べて暮らす半水棲の動物であることを強く示すものでした(文献4)。
新しい特徴としては、長い首と胴体、側方に屈曲しやすいと思われる尾、そして何よりも目立つのが大きな前脚と小さな後脚。大きな前脚は水中で体の動きをコントロールしたり、獲物を捕らえるのに適しています。後脚を見ると、大腿骨(だいたいこつ)が脛骨(けいこつ)より短くなっています。体の重心が尻やひざの位置からみるとかなり前寄りであることも利用して、水棲哺乳類のように強力に屈曲できる後脚で推進力を得ながら泳ぐことができたのではと考えられました。水中では達者な泳者であった一方、この形態では陸上では後ろの2本足ではなく、4本足で歩いたはずということになります。
また、後脚では第1指(第1趾;後ろ向きに伸びている指です)が長くなっているのがティラノサウルスやアロサウルスと構造的に異なるところです。また、各指先端のかぎ爪の底が平らであるのは水辺の柔らかな地表を歩くのにも適していると説明されています。
陸上の脊椎動物が半水棲になる際には骨の量と密度が増加することが知られています。スピノサウルスでは背中のトゲを形成するために骨が増加しているだけでなく、大腿骨などの長骨の内部の髄腔(ずいこう;話題(5) の図参照)の空隙がなく、骨の密度が他の獣脚類よりも高くなっています。また、以前から報告されていましたが、吻の先のいくつもの小さな穴の奥は神経血管系につながる水圧の変化を感知するセンサーであり、ワニと同じように水中の獲物の動きを把握することができたと考えられています。さらに、話題(15) でも触れた酸素同位体の生体内リン酸中での存在比を陸棲と水棲の動物で比較した結果より、スピノサウルスは多くの時間を水中で過ごしてしたことをうかがわせるデータが得られています(文献5)。
Ibrahimらの化石発掘場所であるケムケムという名の地域の同じ層からはサメなどの軟骨魚、肺魚を含めた硬骨魚、さらにワニや両生類の化石も多数見つかっていること、魚の中にはかなり大きなものもいたことから、大きな河川がその時代のその場所に存在し、そこでスピノサウルスはこうした水棲生物をエサとしていたはずです。細長い吻をもつスピノサウルスに近い恐竜の中では、バリオニクスが陸上のイグアノドンの幼体を食べた証拠が以前から見つかっていましたが、イリタトルが翼竜を食べた事例も報告されています(文献6)。翼竜の場合は、元気な個体に対する狩りによるものではなく、死体(または弱った個体)を食したのでは、とそこでは解釈されました。ともかく、口の形などは魚食に向いているのですが、体の大きさにものを言わせてこうした動物もエサにしていたようです(文献7)。

背中の帆のような構造は実は水中で狩りの時に使うのかもしれないという説もあります(文献8)。魚類のカジキは大変優れた遊泳速度の持ち主ですが、狩りの時にはいきなり猛スピードで獲物の魚の群れに突っ込んでゆくのではなく、速度を落としてその群れに近づきます。そして獲物の群れの外からフェンシングの剣のような吻を振り込んで狩りをします。その際、背びれと腹びれを大きく広げることにより、姿勢を保ちつつ、素早い吻の回転を可能にしています(文献9)。スピノサウルスも背中の突起を素早い方向転換の時にうまく獲物を捕らえることができるように姿勢をコントロールするために使ったのではないかという推測です。しかし、文献4では、この構造がディスプレイの機能を持つものであり、普段泳ぐ時は堂々と水面から外に出ていたと考えています。そうだとすると、大きな帆は仲間へのディスプレイだけのものでなく、水辺の動物を威圧するのに十分であったことでしょう。

さて、このケムケムの地域からはStromerにより命名されたSpinosaurus aegyptiacus 以外にSpinosaurus maroccanusSigilmassasaurus brevicollis(後者はスピノサウルスではなく、シギルマッササウルスという別の属に分類)の2種の近縁と考えられるの恐竜の存在が報告されていました。Ibrahimらは今回再現した骨格が第二次大戦中に爆撃により失われたStromerの標本の特徴にあてはまり、これがS. aegyptiacusの標本の新たな基準となる一方、上記の他の2種の恐竜はS. aegyptiacusであり、独立した種としては認められないという立場をとりました。

スピノサウルスの姿はまだ謎?


このIbrahimらの結果の一部に異をとなえるEversらの論文が翌年の2015年に出ました(文献10)。Spinosaurus maroccanusSigilmassasaurus brevicollisの若い個体であり、同種とみなすものの、Spinosaurus aegyptiacusSigilmassasaurus brevicollisは別種であるという立場です。類縁の恐竜が少なくとも2種、この地に棲息していたということになり、各部バラバラの化石からスピノサウルスの仲間の復元を試みる際には極めて慎重になる必要があります。種類の異なる恐竜が混ざった復元像を作ってしまう可能性が高くなるからです。成長段階による骨格各部の違いの見極めも、種類が多くなるとより複雑になり、間違いが多くなるかもしれません。EversらはIbrahimらの標本には不確かさが残るため、これを新しい基準とするのは疑問であると述べています。Ibrahimらが復元した姿には、ことによると大きな誤りが含まれているかもしれないという指摘です。文献10では文献4で提示された異様に短い後脚にも触れています。

2016年が明けるとすぐに新たな論文がHendrickxらにより発表されました(文献11)。
頭骨の中の方形骨(下顎との連結部分に位置する)の形態に注目したもので、主成分分析の結果、確かにスピノサウルスの仲間には2つのグループが存在すること、そして現状では、それらのグループがSpinosaurus aegyptiacusSigilmassasaurus brevicollisであるとするのが妥当だという結論です。著者たちはIbrahimらによって示された四足歩行という他の肉食恐竜では見られない形態が、骨格の継ぎはぎでもたらされた間違いを含む可能性もあるというEversらの指摘に言及し、Ibrahimらによる復元図は、まだ今後の検証が必要な段階であることを示しています。
Hendrickxらが頭部骨格を詳細に調べることにより、もうひとつ新たな発見がありました。スピノサウルスの顎の細長い形からは、この恐竜はあまり大きくない獲物をねらうのに向いていると考えられますが、顎の結合部分の構造から、顎を開ける時に側方に口が広がるはずだということがわかりました。ペリカンも同じような口の開きを見せます。この大口を開いてスピノサウルスは大きな獲物を飲み込んでいたようです(この記事の最初の図参照)。

まだまだ謎が残るスピノサウルスとその仲間。今後も続くであろう新たな発見がもたらす姿とそこから想像される生態はどのようなものなのでしょうか。
このケムケムの地層では発見される草食恐竜の化石の数が肉食恐竜のそれに比べると少ないことが知られていました。河川に棲む豊富な魚などの動物が肉食恐竜の胃袋を満たしていたという説明もできますが、恐竜たちの間にあったかもしれない棲み分けなどを含めた骨格の化石化や発見のしやすさに影響するバイアスがこの地域にあったとも考えられています(文献11)。このあたりの謎も今後解明してゆくことができるのでしょうか。

【追記】2018年6月16日
モロッコ、ケムケムの地で小さなスピノサウルスの足の指が見つかりました。2018年5月の報告です(文献12;標本の登録番号MSNM V6894)。Ibrahimらの標本(FSAC-KK18888)の第3趾に極めて近い形です。ただし、その爪の大きさはほんの2センチメートルほどでした。FSAC-KK18888のその爪の長さが13センチメートルあることから、今回見つかったのは体長1.78メートルのまだ大変若い個体であったと推定されました。Ibrahimらの標本の鼻先から喉もとまでくらいのサイズです。この論文の著者たちはスピノサウルスの足が柔らかい地面を歩いたり、水をかくのに適していたというIbrahimらの考えに賛同しています。まだ体が大変小さいうちから、少なくとも足先は成体と同じような形態を保持していたということになります

・続編は話題44

文献1:Smith, J. B. et al. (2006). J Paleont, Vol 80, 400.
文献2:Sereno, P. C. et al. (1998) Science, Vol 13, 1298.
文献3:Dal Sasso, C. et al. (2005). J. Verteb. Paleont., Vol 25, 888.
文献4:Ibrahim, N. et al. (2014). Science, Vol 345, 1613.
文献5:Amiot, R. et al. (2010). Geology, Vol 38,139.
文献6:Buffetaut, E. et al. (2004). Nature, Vol 430, 33.
文献7:Cuff, A. R. C. and E. J. Rayfield (2013). PLoS ONE, Vol 8, e65295.
文献8:Gimsa, J. et al. (2015). Geol. Mag., DOI:10.1017/S0016756815000801
文献9:Domenici, P. et al. (2015). Pro.c R. Soc. B, Vol. 281, 20140444.
文献10:Evers, S. W. et al. (2015). Peer J., DOI: 10.7717/peerj.1323.
文献11:Hendrickx, C. et al. (2016). PLoS ONE, DOI:10.1371/journal.pone.0144695.
文献12:Maganuco, S. and C. Dal Sasso (2018). Peer J., DOI 10.7717/peerj.4785.



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