恐竜の話題(論文紹介): 【54-2】化石から探る恐竜の脳と認知機能

2024年3月29日金曜日

【54-2】化石から探る恐竜の脳と認知機能


( III )化石から探る認知機能 ~脳の大きさ、ニューロン数と認知機能


以上、認知能力の例として数の認識や音声コミュニケーションにおける文法についての報告を紹介しました(前半の話題54-1)。さて、動物界全体を見渡してみた場合、脳のサイズやニューロンの数と認知能力の高さとの間には何か一般的な関係があるのでしょうか。 
一般には体が大きくなるとこれを制御する脳も大きくなる傾向があります。同時に脳の大きさにはいろいろな制約があります。脳と体全体、それぞれの大きさは動物種ごとの変動があり、動物界全般に共通する簡単な関係があるわけではありません。

現生の鳥類と哺乳類は体の割には大きめの脳をもっています。発生の初期に体の成長につれてどんどん進む脳の大きさの増加がある時期から小さくなります。魚類と比べてみると、この切り替わりの時期が鳥類、哺乳類では遅いために、幼体の間に脳を大きくするための期間が長いのです(文献40)。多くのエネルギーを消費する脳の成長を長期間維持する秘訣は鳥類と哺乳類にみられる親による子育てにあります。

すでに絶滅した非鳥類恐竜(以下、恐竜)の直接の情報は化石にしかありません。一般には化石化しない柔組織からなる脳。脳を取り囲む頭骨から推定した脳の大きさや形から認知機能のレベルがわかることがあるのでしょうか?以下ではこうした点に進んでみます。限られた観察結果からその動物種の認知機能レベルの全体像を断定することには危うさがあることにも触れます。 


● イグアノドンの脳の化石


恐竜の脳、そのものの化石という大変珍しい標本があります(文献41)。1億3前万年前のイグアノドン(Iguanodon)のもので、前脳頭頂部付近の表面の表面構造の細かな部分が鉱物に置き換わって化石化したものが残っていました。走査顕微鏡で確認できる細かな構造があり、これが脳を包んでいた強膜の構造を反映しているようです。しかし、このようなまれな標本でも、脳の各領域内部の様子を知ることはできません。


● 化石情報から探る恐竜、古代鳥の脳 ~ブレインケースとエンドキャスト


一般には絶滅種の脳のサイズと形を頭骨中の脳を取り囲むブレインケース(braincase、脳頭蓋(のうとうがい))内側のスペースを埋めるエンドキャスト(endocast)の化石データから推測することになります(一般にキャストとは外側、または内側の型を接触して直接写し取ったものを指します)。X線を使ったコンピュータによる断層撮影(CT(computed tomography))技術の使用で信頼度が高いデータを得ることができるようになりました(文献42)。

脳の入れ物であるブレインケースですが、そのエンドキャストが脳本体のサイズや形をどこまで正確にあらわしているのかという疑問はあります。しかし、少なくとも現生脊椎動物をみる限り、体の割には大きな脳をもつようになった鳥類、哺乳類のエンドキャストのデータは脳のサイズと形によく対応していると考えられています(文献42、43)。さらにワニとニワトリの頭部の形態を発生段階も追いつつ調べてみると、特に大脳を含む前端領域はエンドキャストのサイズと形がともによい指標となっているという結果でした(文献44)。発生段階によるサンプルの違いをも考慮できるなら、おおまかにはワニ、鳥類を含む主竜類の化石データが脳本体についての考察材料として使えるとみなしてもよさそうです。 ただし、脳そのもののデータとエンドキャストのデータはあくまで異なる種類のデータで、この点は目的に応じた取り扱い上の注意が必要ですし、発生段階の違いを化石データにどこまで反映できるかは大きな難点です。

エンドキャストから各種恐竜の脳の特徴が推測されています。
白亜紀の肉食獣脚類のティラノサウルス(Tyrannosaurus)が優れた臭覚をもち、遠くまで届く低音に敏感であり、ハンターに必要な立体視ができたことはよく知られています(文献45、46、話題31)。一方、同じく白亜紀の植物食鳥盤類のトリケラトプス(Triceratops)は低音をよく捉えることができる聴覚をもっていたものの、臭覚の感知レベル、そして俊敏な頭の動きに必要な三半規管の機能はプシッタコサウルス (Psittacosaurus) やプロトケラトプス (Protoceratops)という比較的近い先祖よりも劣っていたようです(文献47)。そうであったとしても、トリケラトプスは代表的な植物食恐竜です。当時の生存環境に適応した生活ができていたはずです。

ジュラ紀の始祖鳥(Archaeopteryx)の視聴覚の情報を受ける脳の領域の大きさや配置は現生鳥類に似たところがあります(文献48)。空間を把握する感覚も飛翔を可能にするレベルではないかとされています。体重あたりの脳の大きさは現生鳥類のデータ分布範囲には届かない値で、獣脚類のオヴィラプトロサウルス類(oviraptorosaurus)やトロオドン類(troodontidae)には始祖鳥よりも高い値をもつものがいくつも見出されています(文献49)。始祖鳥のエンドキャスト前脳にあたる表面のかすかな膨らみがワルストではないかと考えられています。現生鳥類の認知機能に重要なはたらきをしているこの領域特有の膨らみはしかし、白亜紀後期のケレバヴィス(Cerebavis cenomanica)には認めることができません(文献50)。トロオドン類もそうです。しかし、やはり白亜紀後期のイクチオルニス(Ichthyornis)には初期のワルストが確認できます(文献51)一般に現生鳥類へ至るエンドキャストの詳細がわかる標本がほとんど得られておらず(文献48、51)、また表面の形だけでは判断できないかもしれませんが、ワルストは古代鳥に共通のものではなく、現生鳥類の直系の先祖には始祖鳥とは別に現れた可能性もあります。


● 体のサイズに対する脳のサイズの割合は


ここからは動物の”賢さ”とも言える動物の“知能”という言葉を、認知機能の中でも比較的レベルの高いと思われるものと便宜的に同じように使います。

脳の大きさと知能との関係については、脳そのもののサイズ(または重さ)だけでなく、脳の重さと体重から計算式によって求める脳化指数EQ、encephalization quotient)という値がよく使われてきています。この値が大きいほど体の割には脳が大きくなります。しかし、脳と全体重の割合は同じ動物種でも個体差(年齢や雌雄の違いを含む)があるうえに、先述のようにそれ以外の動物種特有のいろいろな事情があるために変動が著しく、EQ値に頼る比較には大きな問題があります(文献52)。

実際には、鳥類に至る進化の中で体の小型化が先だって大きく進み(話題24)、脳の相対的なサイズの増加が起こったのですが、網羅的な鳥類のデータに非鳥類の獣脚類恐竜までも加えた調査によると、脳全体、および脳領域の相対的なサイズの変化は種ごとに多様性があるだけでなく、進化におけるその変化速度も分類グループごとの違いが多いという結果が得られています(文献53)。また哺乳類においても、新生代の著しい躍進の中でその脳と体のサイズがともに大きくなるのではなく、体の増加が先行する傾向があります(文献54)。鳥類と哺乳類における脳とその他の体の発達の度合いが時期的に分離して進むという、先に触れた特徴(文献40)の反映です。


● ニューロンの数を数え、その傾向を化石種の恐竜にも当てはめてみると


脳の大小にかかわるこのような状況に加えて、脳の回路素子であり、情報伝達経路でもあるニューロンの密度もどの動物の脳でも一定であるという保証はありません。そこで、脳の“性能”のより良い指標となりうるのではないかということで、ニューロンの数を直接数えるという方法(isotropic fractionator法)が取り入れられるようになりました。固定剤で処理した脳(あるいは脳の特定の領域)を破砕し、サンプル液中に浮遊するニューロンの核とそれ以外の細胞の核を区別して計数するのです(文献55)。もちろん、ニューロンの数だけで回路の基本性能がわかるわけではありません。考慮すべき因子は他にもあります。しかし、脳全体、さらには脳の領域ごとの値は大事な指標のひとつであることには間違いありません。

isotropic fractionator法による多くの動物種のニューロン数のデータが集まっています(文献56)。注目されるのが鳥類はニューロンの密度が高いという結果です。特にオウム類と鳴禽類は同じような体重の霊長類と比べると倍ほどの数のニューロンをもっていることがわかりました。これらの鳥類では大きな脳ほどニューロン密度が高い前脳が占める割合が高いのです(脳のサイズが増える際にニューロン以外の脳内の細胞数が増える関係は鳥類も哺乳類もほぼ一定で違いはありませんでした)。

文献56の著者のうち、isotropic fractionator法の開発者であるHerculano-Houzelはさらにデータ分析を進め、絶滅した化石種のニューロン数の推定を試みました(文献57)。
まずは現生動物について、分類グループごと、および脳の領域ごとの計測データの比較です。現生鳥類を白亜紀/新生代境界以前からの系統に由来する古顎類(ダチョウなど)やキジなどのグループと、それ以後のスズメやフクロウなどのより新しい時期に分岐したグループに大別します。この2つの鳥類グループと外温性の現生爬虫類の合わせて3つのグループについて、体のサイズと脳全体のサイズの関係、および脳全体のサイズと大脳(終脳)のニューロン数の関係を対数グラフ上でのグループごとの回帰直線で導き出せたからです。ニューロンの密度は脳の領域により、また分類グループによっても変動があるのですが、大脳のサイズとそこに含まれるニューロン数は現生の爬虫類、鳥類、哺乳類、それぞれの分類グループ内では一定の傾向がみられるのです。

絶滅種の鳥盤類恐竜、竜脚類恐竜、獣脚類恐竜、翼竜、合わせて46種の体のサイズと脳全体のサイズの全体分布は上記3グループを合わせた分布の関係にあてはまることが確認できたため、さらにこれら個々の化石種が現生爬虫類(鳥類を除きます;以下同様)、古い系統から分岐した現生鳥類の2グループの分布のどちらに当てはまるかを調べました。ほとんどの獣脚類は後者のグループの傾向に含まれます。最後に、この二つの現生グループごとの脳全体と大脳中のニューロン数の関係を該当する化石種に当てはめ、それぞれの翼竜と恐竜の大脳のニューロン数を推定しました。

大脳中のニューロン総数/脳全体の重さは例えば、翼竜ではプテロダクティルス(Pterodactylus)0.07億/0.4g、アンハングエラ(Anhanguera)1.9億/8g、鳥盤類ではステゴサウルス(Stegosaurus)0.8億/23g、トリケラトプス1.7億/72g、イグアノドン15億/125g、竜脚類ではブラキオサウルス(Brachiosaurus)3億/186g、獣脚類ではアロサウルス(Allosaurus)19億/105g、ティラノサウルス33億/345g、トロオドン類6.6億/41g、始祖鳥0.5億/1.5gという推定結果でした(これらの推定ニューロン数は脳全体ではなく、大脳(終脳)中の総数であることにご注意ください)。データはまだ少なく、手法自体がどうしてもおおざっぱなものにはなるものの、入手できる情報から推定したニューロン数の初めての報告です。現生の爬虫類―古くに分岐した鳥類―新しく分岐した鳥類、この進化の道筋の順に回帰直線の傾きが確かに移行しているのですが、あくまで翼竜と恐竜の中には推定したその傾向から大きく逸脱したものはなかったという仮定です。

マントヒヒとチンパンジーのそれぞれの大脳ニューロン数/脳全体の重さ29億/151gと~60億/~400gと比較し、大型獣脚類恐竜はサルの中でも知能が発達している部類に匹敵する数のニューロンを大脳にもっていた可能性があるという点が論文では強調されています。ワタリガラスの測定値は12億/14g(文献58)。最大のニューロン数をもつヒトでは160億/1500g(文献59)。こうした数値は現生動物のものであっても、報告ごとにある程度の違いがあります(文献60)。


● 限られた脳の計測データからその動物の知能の全体像を知ることができるのか?


こうして化石種の大脳のニューロンの数が推定されました。
先にも述べましたが、大脳以外の脳領域の関与があるうえに、ニューロンの数も脳の基本能力のひとつの指標にすぎません。クジラやゾウは大きな脳と多くのニューロンをもっていますが、ニューロン軸索を取り囲んで電位変化の伝達にかかわるミエリン鞘(しょう)が薄いため、その分だけニューロン中での情報の伝わりが遅くなります(文献60)。鳥類にみられるニューロン密度の高さは、より素早いニューロン間の情報伝達を可能にします。

実際にニューロンの数と高度な認知機能の関係はどうなっているのでしょうか。
ニューロンの数と認知機能の関連についての2017年の報告があります(文献61)。すでに報告されていた多くの鳥類と哺乳類に対して行われた2種の認知機能のテストの結果(文献62)を使っています。どちらも食べ物を手に入れるためには手間をかけないといけない課題を課すというテストです。その成績は脳全体のサイズと大脳皮質中のニューロン数、そのどちらもが増えるほどに良くなるというものでしたが、後者のほうが鳥類と哺乳類が互いにより近くに分布しました。ばらつきは結構ある中、この報告の比較では、大脳中のニューロン数をもとにした比較が鳥類と哺乳類に通じる共通性がより高そうだということになります。

ここで使われた2種のテストはどのようなものかというと、目の前の報酬に囚われるのではなく、より柔軟な思考ができるかどうかの自己抑制(self-control)のレベルを調べるためのものでした。しかし、結果については想定していない解釈も可能で、少なくともその目的に相応しくないという指摘があります(文献63、64)。また、霊長類やカラスではスコアが満点に近く、測定の飽和に達していて、その他の動物種との違いがどれくらいなのかわかりにくくなっています。いずれにしても、ある種のテストだけでそれぞれに身体機能を特化させた動物を比較して認知機能全般のレベルを簡単に知るわけにはいきません。あくまでひとつの指標としてのテスト結果から推定された傾向です。
ちなみにヒトの場合でみられるニューロン数の個人差はIQ(知能指数、intelligence quotient)との相関がないという結果があります。(文献65)。


● 認知機能テスト結果の評価は難しい


特定のテストを課す場合には、行動を誘発する動機などの解釈に注意が必要です。おまけに知能が高い動物に単純作業のテストを繰り返すことの問題もあります。先述のオウムのアレックスに対する高度な認知テストでは、気が向かないと答えるのをやめたり、正解以外の選択肢を全て選んでみせたりするなど、通常のデータの取り方が通用しない、微笑ましくもやっかいな行動をとることがありました。

そもそも、動物の総合的な知能なるものを把握するのは可能なのでしょうか。ある種のテストの結果だけに頼ることはできないのは確かです。おかれた環境に適して、それぞれの動物種ごとに長けた能力を発達させている中で、一面的なデータから広い分類グループにわたって個々の序列、優劣を決定できるものではありません。動物の認知機能を調べるおおよその傾向はつかめても、データの種類による制限付き条件下での議論となる部分が多いことを前提としなければなりません。

認知機能をある行動だけで評価する場合、進化上である程度離れた動物間で同じような結果が得られたとしても、その機能を発揮したメカニズムをうみだした実体が同じかどうかは不明なままです。どこまで共通の部分があるのか、非常にかけ離れた由来をもつ要素から構成されているのか、という点は行動の結果だけからはわかりません。簡単な脳をもつ動物にも高度な認知機能が必要と思われるような行動がみられる場合があります。動物の情報処理の基本的なポテンシャルはなかなかのものがあります。なにしろ、302個のニューロンしかもたない線虫Caenorhabditis elegansは臭覚によって病原性の菌を避け、そうでない菌を好んで食べることを学習によって会得できるのですから(文献66)。認知機能は脳内のニューロンとその他の体のいろいろな部分との連携で成り立っています。

認知機能は一般に複雑です。認知機能を”認知する”ことは簡単なことではありません。認知機能を反映しているとする観察可能な行動は、実際にはいくつもの下位または関連する認知機能が複合的に作用した結果であると予想すべき場合が多いことでしょう。ワーキングメモリの容量を決める要因(文献67)なども一様ではないはずです。実験でテストされた個体数も一般には多くないため、個体間の相違(雌雄の区別なども含まれる遺伝的背景、年齢やこれにともなう経験も影響する環境要素もあります)が大きく影響する可能性があります。ある種の行動が可能かどうかという観察結果そのものは問題ないとしても、点数化して他の動物種との細かな優劣比較までができるようなものなのかということです。それに実験計画の段階では予想していなかった要因があり、因果関係を間違って解釈しているという可能性が残るのは悩ましいところです。


● 採食行動の新規性に注目してみると


さまざまな形で公開されている鳥類の行動観察記録にもとづき、採食の行動に新規性がみられるかどうかという点に着目してニューロンの数との関係を探った2022年の研究報告が文献52です。新しい食べ物に手を出したり、食べ物の獲得方法にこれまでにないものが観察されたりした事例は状況を的確に把握して柔軟な解決法を発見できる能力に関係しうるからです。新しい状況を開拓する、すなわちイノベーションにつながる認知機能の発揮に注目しています。ここでは観察事例からのデータの取り扱いには行動の観察の確率についても考慮したとしています。鳥類のイノベーション的行動のスコアは前脳皮質(外套)のニューロン数とともに高くなる傾向が著しく、これが結局脳全体のニューロン数の増加につながっているという結果でした。ただし、他の領域のニューロン数増加も確かにあり、認知機能は前脳だけでなく脳の異なった領域の関与と相互のネットワークが重要だということが推察されます。小脳が高度な認知機能に関与することもオウムで知られています(文献68)。

このイノベーションのスコアは脳全体、およびどの脳領域でもニューロン密度が高くなると下がる傾向がはっきりとしているため、この能力に重要なのはニューロンの総数であり、密度ではなさそうなのです。一般に脳そのもののサイズが大きくなればニューロン数はあるところまで増えるのですが、その先は頭打ちになるため、大きな脳をもつ鳥類ほど認知機能が高いという関係がどこまでも進むわけではないようだということも示されています。 


● 寿命と認知機能


文献57は多くのニューロンをもつと推定されたティラノサウルスの認知機能は高かったのではという考えを打ち出しています。加えて寿命と認知機能の関係にも注目しています。大きな脳は大きなエネルギーを消費するため、爬虫類と鳥類の脳サイズの分布傾向の違いは体温の外温性、内温性(話題50)との関連があらためてうかがえます。内温動物である鳥類と哺乳類では性成熟と寿命が体重とニューロン数の分類グループごとにそれぞれの関連があること(文献69)をもとに、文献57ではティラノサウルスは性的に成熟するまでに4、5年かかり、寿命は42~49歳程度と見積っています。このように成熟までの時間と寿命が長いことで大きな脳をもつことになり、学習経験の期間も長いために認知機能が促進されたことが考えられています。鳥類の中でも巣立ちまで親鳥が時間をかけて育てる晩成性の鳥類は、成長の初期に長い時間をかけて大きな大脳になる(文献52、70)のと同じです。

長い寿命の間に経験値を高め、さらにグループで暮らすことがあれば、集団知(collective intelligence、文献71)として個体間で情報を受け継いで定着させることが可能です。
問題は鳥類を含め、現生動物でも一般に脳のサイズなどの計測結果はかなりの個体差がある割には、その点が不明な限られた数のサンプルから出されたものがほとんどであるということです(文献72)。恐竜のような骨格の化石データにもとづいたものについてはさらに留意が必要です。数値の細かいところまでを比べるのはさほど意味がなさそうです。したがって、そこから推測する認知機能のレベルの議論もこの点を踏まえておかねばなりません。しかし、その分いろいろと自由に想像ができる範囲は広がります。


● 道具の使用の可能性は?


絶滅した恐竜については行動観察による確認ができません。しかし少なくとも群れの形成、営巣にともなう抱卵、これらは化石としての証拠があり、鳥類にみられるような認知機能に匹敵する行動をおこなう恐竜がいたことが示されています。群れをつくる肉食恐竜であれば、個体間で連携し、役割分担を組み入れた効率の良い狩りができたのではと想像できます。この行動には仲間と獲物の動きを的確に予測する認知機能が必要です。

高い知能をともなう行動といえば、道具の使用、さらには道具の作成に思いが及びます。
野外で鳥類による道具の作成と使用の例として、カレドニアガラスが硬いパンダナスの葉を器用に細く切り裂いたものを用いて樹木に潜む虫を釣り上げる行動はよく知られています(文献73)。 実験室では訓練されたカレドニアガラスが直前に見た記憶にしたがい、目の前の報酬の度合いが少ない食べ物を無視しつつ、より報酬度の高い食べ物を得るために、用意された道具の中からその先の作業に必要なものを選び出すことができます(文献74)。 柔軟な状況判断をともなう道具の使用がカラスには可能なのです。魚を採る時に餌や疑似餌を使う鳥もいます。ササゴイは水面に虫や小枝を落として魚をおびき寄せることがあり、日本でも観察されています(文献75)。一口に道具の使用といっても、状況に合わせた高度な思考がどこまで関与するのかにより、そのレベルはいろいろとありそうです。
成長したティラノサウルスほどの巨体では体格による制限も大きくなりそうで、トロオドン類のような比較的小さい恐竜のほうが日常で道具を使うと便利な状況の中にいることが多そうに思えます。恐竜の中にも道具を使うものがいたのかもしれません(文献76)。しかし、その行動を裏付ける確かな証拠を得るのは今後とも極めて難しいとしかいえません。


● トロオドンの仲間が絶滅を免れていたら? 仮想恐竜ディノサウロイド


さらに想像を膨らませ、もしも中生代末期の大量絶滅(話題46)がなかったならば、その後に高度に知能が発達した恐竜が現れたかもしれないという考えが1982年に現れました(文献77)。体重40kg前後のトロオドン類、ステノニコサウルス(Stenonychosaurus)のEQ値、0.24から0.34という値に注目したものです。鳥類中の高い値の部類にはとてもおよばないものの、ホロホロチョウやガンと同程度で恐竜としては大きな値です。哺乳類では原始的な特性を残すオポッサムと同程度ですが、鳥類では哺乳類とは異なる尺度でのEQ値(BEQ値)を算出するのが妥当とする見方もあります(文献76)。一方、文献57による前出の大脳の推定ニューロン総数はどうかというと、体重ではその1/10くらいのオジロワシと同程度です。ともかく、ステノニコサウルスは恐竜の中では体の割には大きな脳をもっていました。そのうえに立体視ができる大きな眼、自在に使えそうな前肢という、認知機能の高度化を推し進めるポテンシャルが備わっていたと考えられたのです。
中生代末期の大量絶滅までの1200万年ほどの期間に生存を継続したステノニコサウルスが、その大災害がなかったとして、そこからさらに6600万年の間にどこまで進化できたのだろうかという想像です。小さな哺乳類の中から現在のヒトが進化できたこの長い期間に、ステノニコサウルスの子孫がEQ値7.5のヒト程度までの脳の発達を遂げたとしたら、としてイメージされたのが、大きくなった脳を直立の姿勢で支えて二足歩行するヒトサイズの架空恐竜ディノサウロイド(dinosauroid)です(文献77)。この論文の想像図をもとに、白衣を着て本を持つディノサウロイドの姿を前半(話題54-1)の冒頭の絵に入れてあります。


● 恐竜/鳥類型の脳のパーフォーマンス増大には限界がある?


ディノサウロイドのような直立姿勢をとるには座骨(話題24話題51)や頸椎などの構造の大きな変革が必要となってしまいますが、脳の機能面については、ヒトに相当するまでの知能レベルの増大には無理があるだろうとする論文が2023年に出ました(文献78)。  
たしかに鳥類の高度な認知機能にかかわる領域の一部(DVRなど)は哺乳類の大脳皮質と似た構成の回路をもっています。そしてニューロンの密度は哺乳類よりも高い。しかし、機能に関連したニューロン群の配置方法は基本的に大きく異なります。鳥類ではニューロン数増加が進むと前出の神経核という集団が大きくなり、結果として神経核間の距離が大きくなります。情報伝達に時間がかかってしまいます。哺乳類の大脳皮質ではシート状に配列しているニューロンが増えて広がってもシート間の距離は基本、変わりません。霊長類になると、さらにシートを折りたたんで大脳表面の皺を形成することが可能となりました。これは脳の拡大で横方向に離れてしまう機能領域どうしを近づけて迅速な情報を保つには大変有効です。こうした観点から、脳が大きくなっても機能集団間の連絡の効率を保つには鳥類型脳は不利だといえます。脳の構成様式の違いによる限界のため、ヒトのレベルの知能をもつ恐竜の登場は中生代末の大量絶滅がなくともおそらく起こらなかっただろうという考えです。

        *   *   *   *

鳥類と哺乳類が3億年以上前に分かれて以来、基本的な回路素子の性質を共有しつつ、それぞれ特有の機能領域の配置をもつ脳の構造を発達させる中、やがて両者に同程度といえる高度な認知機能を可能にする似た情報の伝達や統合のメカニズムが生じるという収斂進化がみられることを紹介しました(前半の話題54-1)。

次いで脳の計測データをもとに異なった分類グループ間の知的レベルの比較を試み、化石からの情報にもとづいた恐竜の知的レベルの推測をおこなった報告も取り上げました。

脳の構造的な制限から、中生代末期の大量絶滅がなかったとしても、恐竜の知能が現在までの間にヒトのレベルまで到達するのは無理だったのではとする考えも出されました。ヒトの知能は抽象的な数の概念をもち、階層性の高い文法をベースにした思考とコミュニケーションをおこなうこともできるレベルです。しかし、この制限を乗り越えるような思いがけない進化のルートがありえないとはいえません。もしも鳥類に大きな変貌への可能性を存分に試せる時間と場が与えられるならば、いつかはそうなるのかもしれません。

認知機能は脳だけでなくそれ以外の身体の変貌とともに進化してきました。環境に応じてそれぞれの動物種に備わった多種多様な認知の能力は秘術をつくしての行動へとつながります。きっとまだまだ知られざる驚異の例に満ちあふれているのでしょう。

後半(話題54-2)の文献(40~78)
40: Tsuboi, M. et al. (2018). Nat. Ecol. Evol., Vol. 2, 1429.
41: Brasier, M. D. et al (2017), Geological Society, London, Special Publications, Vol. 448, 383.
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47: Sakagami, R. and S. Kawabe (2020). PeerJ, DOI 10.7717/peerj.9888.
48: Alonso, P. D. et al. (2004). Nature, Vol. 430, 666.
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50: Walsh, S. A. et al. (2016). J. Anat., Vol. 229, 215.
51: Torres et al. (2021). Sci. Adv., Vol. 7, eabg7099.
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61: Herculano-Houze, S. (2017). Curr. Opin. Behav Sci, Vol.16, 1.
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