恐竜の話題(論文紹介): 【54-1】鳥類の脳と霊長類の脳 〜違いと共通点;恐竜の知能は?

2024年3月29日金曜日

【54-1】鳥類の脳と霊長類の脳 〜違いと共通点;恐竜の知能は?

鳥類の脳とヒトの脳、鳥類の認知機能、シジュウカラの音声コミュニケーション、恐竜の知能 ディノサウロイド
認知機能と脳サイズ、ニューロン数;化石からの推定

今回は鳥類の脳の特徴と認知機能についての話題を前半と後半にわけてお送りします。後半では恐竜の”知能”に関連する文献についても触れます。

前半(話題54-1)の内容 
    (I) 鳥類と霊長類、大脳のつくりの違いと共通点
      ・概観が違う鳥類の脳と哺乳類の脳
      ・鳥類の脳の用語が改められた
      ・高度な認知機能にかかわる鳥類の脳の領域
      ・似た構造の回路で情報処理
  (II) 鳥類にみられる高度な認知機能の例
      ・パターン認識のワーキングメモリの容量はヒトもカラスも同じレベル
      ・数の認識に共通するニューロンの活動
      ・無脊椎動物も数に関連するパターン認識が可能~難しい認知能力の評価
      ・シジュウカラの音声コミュニケーション
      ・ヒトの言語の特徴、再帰的併合
  後半(話題54-2)の内容
 (III) 化石から探る認知機能 ~脳の大きさ、ニューロン数と認知機能
      ・イグアノドンの脳の化石
      ・化石情報から探る恐竜、古代鳥の脳 ~ブレインケースとエンドキャスト
      ・体のサイズに対する脳のサイズの割合
      ・ニューロン数、その傾向を化石種の恐竜にも当てはめてみると
      ・限られた脳の計測データから知能の全体像を知ることができる?
      ・認知機能テスト結果の評価は難しい
      ・採食行動の新規性に注目してみると
      ・寿命と認知機能
      ・道具の使用の可能性は?
      ・トロオドンの仲間が絶滅を免れていたら? 仮想恐竜ディノサウロイド
      ・恐竜/鳥類型の脳のパーフォーマンス増大には限界がある?

( I )鳥類と霊長類、大脳のつくりの違いと共通点


鳥類は一般に小柄です。飛ぶこともできるその体にみあう脳の大きさにも限りがあります。にもかかわらず、鳥類がみせる学習をもとにした行動のなかにはヒトを含む霊長類にしかみられないとかつては思われていた高度な判断をともなうものがあります。課題を与える実験の種類によっては鳥類のほうが優れたスコアを出す場合もあります。
そのような鳥類の脳、その構造と機能について、哺乳類(特に霊長類)の脳との違いと共通点が明らかになりつつあります。脳の構造とそのはたらきが解明されつつある一方で、鳥類を含めたヒト以外の動物に対して高度な判断をおこなえる知的能力のレベルを推しはかることは、どこまで可能なのでしょうか。

● 概観が違う鳥類の脳と哺乳類の脳


鳥類、哺乳類、それぞれに向かう進化の道筋が分かれたのは3億年前よりも古く(その分岐は例えば話題50の図をご覧ください)、鳥類と哺乳類の脳の外観も違うところがあります。両者の脳の構造と機能についての研究が進むにつれ、違いと共通点が浮き彫りになりつつあります(文献1~8)。
(以下では大脳(cerebrum)を終脳(telencephalon)と同義として使いますが、解剖学的には発生の中で大脳の領域化が完成した後、その前方部分に終脳の用語が用いられます)

鳥類の脳とヒトの脳の比較 認知機能
    図1  鳥類の脳とヒトの脳

カラスやオウムなどには霊長類と同等レベルと思われるような判断をともなう行動がみられるのは広く知られています。しかし、霊長類の大脳の表面に特に数多く刻み込まれているしわ(皺)が知能の高さのあらわれとみられる一方で、鳥類にはこの大脳表面のしわがなく、なめらかです。しわが見られるのは体の動きのコントロールに重要なはらたきをしている小脳(cerebellum)のみです。
また、大脳表面のすぐ内側には神経細胞(ニューロン、neuron)が哺乳類では6層に積みあがった領域に広がっています。しかし、鳥類の脳のこの領域ではニューロンは他の領域と同じく集団(神経核、(英語ではneucleusですが、細胞核のことではありません;哺乳類の大脳でも、この領域よりも内部の領域は神経核からなっています))を形成しつつ分布しているだけで、整った表面近くの層構造はみられません。
大脳表面近くで層構造をもつ哺乳類の脳は、より単純な鳥類タイプの脳にこの領域を追加するかたちで進化したのであり、その前段階の脳をもつ鳥類のさまざまな行動は高度な判断をともなうものではなく、外界からの刺激への単純な反応ではないかと考えられたこともありました。何よりもその限られた大きさの脳がもつ能力はたいしたものではないだろうということで、英語では“鳥の脳(bird brain)”は考えの浅いおろか者を指すスラングにもなりました。
哺乳類の層構造構をもつ部分を新皮質(neocortex)と呼ぶ一方で、鳥類には “古(旧)” や ”原始的” の意味を含む用語が一部の脳の領域に当てられていました。脳の複雑化をともなう構造と機能の進化は一直線上に並んで進み、魚類から順に両生類、爬虫類を経て、鳥類、その上に哺乳類、さらに最も進んだ段階にヒトが位置するという古い誤った考えに沿ったものでした(文献9)。

● 鳥類の脳の用語が改められた


しかし、鳥類と哺乳類の脳は共通祖先をもちながらも、その後それぞれの生活環境に適応するように独立に進化したものです。その進化のレベルをまとめて一列に並べることはできません。層構造をもつ新皮質は確かに哺乳類であらわれたものですが、単純に鳥類タイプの脳にこれが付け加わって哺乳類の脳ができたものではありません。誤解を招かないよう、21世紀に入ってようやく鳥類の脳にかんする用語も改められ、図1左下図のような解釈となっています(文献1)。

● 高度な認知機能にかかわる鳥類の脳の領域


脊椎動物胚の発生初期に体の前後の軸に沿って伸びている神経管(neural tube)の前端部が拡大して脳ができます。5億年以上前から、ヌタウナギのように顎(あご)のない原始的な魚類でもみられるチューブ構造の拡大による脳の発生と進化が続いてきました(文献10)。
脳の最も前の部分にできる大脳は左右対象的な構造の半球にわかれています。
脳の外套(pallium)はその名のとおり、脳を包む構造物です。外套に包まれている領域が大脳基底核(basal ganglia)と呼ばれる神経核の集まりを含む部分です。哺乳類では大脳皮質(cerebral cortex(その中で6層の層構造をもつ部分が前出の新皮質))が外套のおもな領域を占めています。鳥類の外套にも哺乳類の外套と共通する特徴的な遺伝子の発現があり(文献11、12、13)、哺乳類と起源をともにするところがあると考えられています。
脳にはさまざまな機能を分担する領域があります。これらのモジュール化された領域による連携が脳の複雑なはたらきを支えています。
鳥類の外套の側面にはDVR(dorsal ventricular ridge、背側脳室隆起)、そして頭頂部付近にはワルスト(Wulst、高外套 (hypermallium))と呼ばれるそれぞれ高度な脳活動に必要な注目すべき領域があります。
DVRは鳥類を含む爬虫類(系統学的には鳥類も爬虫類)の大脳の大きな部分を占める特徴的です。鳥類ではこの領域後方側面の部位であるNCL(nidopallium caudolaterale、巣外套尾外側部)は特に高度な計画性をともなう思考に必要な霊長類の前頭前皮質(PFC, prefrontal cortex)に似た機能をもっています。
ワルストは終脳表面にある視覚中枢のひとつで、現生の爬虫類では鳥類にのみみられ、ここも哺乳類の新皮質のようなはたらきをしています。

● 似た構造の神経ネットワークが存在


哺乳類の新皮質の特徴は層構造です。しかし、2010年にニワトリを用いて鳥類の外套の一部である終脳表面の聴覚の信号を受けて処理する領域(聴覚野)内に層状にみえる積み重りの微細構造が観察できることを報告しました(文献14)。それまでにfMRI(functional magnetic resonance imaging、機能的磁気共鳴画像法)によって鳥類の聴覚がこの脳領域の複数の機能的部分が積み上がっている場所で処理されていることが知られていたのですが、ニューロン内に取り込まれたトレーサーの分布から、神経線維(ニューロンから長く伸びる軸索と呼ばれる突起)によるニューロン間の連絡の様子がその結果と合うこともわかりました。哺乳類型の明確な層構造がない鳥類の外套でしたが、聴覚処理という哺乳類と共通の機能をもつ脳の領域中の回路の構成に似たところがあるということです。神経伝達物質の種類についても哺乳類との共通性がみられました。

さらに2020年の報告(文献15)は神経細胞の軸索がもつ光学的特性を利用した3次元微細構造観察も取り入れて、DVRとワルストの視覚と聴覚にかかわる感覚野には哺乳類の大脳皮質に似た回路が実際に形成されていることを、ハトを哺乳類と比較しつつ示しました。ただし、この鳥類脳の構造はDVRの感覚野以外の領域やその他の外套の領域にはみられず、また整然とニューロンからなる層構造が広がる哺乳類の新皮質(ただし、ニューロン層の境界そのものを仕切る構造はありません)とは異なります。

2021年にはフィンチ類2種(キンカチョウとその仲間)のDVR後部のさえずりにかかわる領域(上述の積み重ね構造がない領域です)について、ニューロン以外の細胞も含めてどのようなタイプの細胞がはたらいているかを単一細胞内の遺伝子発現のパターンから調べた報告があります(文献16)。さえずりは経験をとおして学習する高度な行動です。細胞の機能を直接に反映している遺伝子の発現パターンをみると、さえずりの領域は哺乳類の新皮質と共通している部分がありました。ところが、遺伝子発現の調節にかかわる転写因子群の発現は哺乳類の皮質ではなく、その内側の領域に似たパターンをもっていました。さらに回路形成に重要なある種のニューロンのタイプは新皮質のものとは異なるものでした。遺伝子発現パターンは鳥類とカメのDVR両者で共通するところが多いことも判明しました。同じような機能をはたす領域でも、爬虫類として進化した鳥類は哺乳類と比較すると、その発生学的な由来が違うところがあるようです。マウスとカメの間での移植実験(文献17)でも由来の違いを示す結果が出ています。

こうした事実はなにを物語っているのでしょうか。
脳の構造はその枝分れした進化において原型となる基本的なところは保存されつつ、さまざまな機能が加わるにつれて枝分かれの中で変化しました。まとまった機能を果たす専門的な領域が生じ、脳のモジュール化が進みました。そして高度な情報処理にあたっては、由来が異なる領域であっても鳥類と哺乳類の間でこのように似た形の神経ネットワークを作りあげるという収斂(しゅうれん)がおこったとみられています。
さらに、後で解説しますが、一般には小さい鳥類の脳ではあっても、そのニューロンの密度は霊長類を含めた哺乳類よりも高いという特徴があります(文献18)。


( II )鳥類にみられる高度な認知機能の例


ものごとを知覚し、記憶し、経験・学習をとおしてどのような行動をとるかという判断にいたる作業を認知(cognition)といいます。比較認知科学(comparative cognition science)では、ヒト以外の動物の認知機能を調べるためにいろいろな課題を与えるテストがおこなわれてきました。

カラス パターンと数の認知テスト
 図2 カラスによるパターンと数の認識

● パターン認識のワーキングメモリの容量はヒトもカラスも同じレベル


カラス類は鳥類の中でも高い認知機能をもっています。例えば図2(A) のようないくつかのアイテムを配置した映像をスクリーンに表示してカラスに見せます。その表示をいったん消し、1秒経過後に同じ配置パターンを再び表示します。再表示された時にひとつだけアイテムの色が変わっている場合に、そのアイテムをくちばしでつつくと正解となり、エサがもらえることを学習させます(文献19、20)。最初に表示されたアイテムを何個まで一時記憶でき、ブランクの映像に続く次の場面での判断に利用できるかというワーキングメモリ(working memory;一時的に保存できる記憶)の容量を調べるのです。飼育した2羽のカラスに対しての結果は、表示するアイテムの数が4を超えると正解率の低下が顕著になるというものでした。正解をほぼキープできるメモリの容量が4までという結果は、同じような条件で調べたアカゲザル、そしてヒトとも大体同じです。この形式の認識テストという条件ではということですが、認知機能の重要な要素であるワーキングメモリがカラスと霊長類で同等のレベルだということになります。
前述の前脳後方側面のNCLは霊長類のPFC(前頭前皮質)と似た機能をはたしていると考えられています。実際にこの実験で、カラスのこの領域の単一ニューロンごとの活動を観察すると、アイテムの色の識別やアイテムの数を増やして負荷を大きくすることにともなう反応がサルのPFCでの結果と同じようであったことも確認できました。また、こうしたワーキングメモリの仕組みは視覚だけでなく聴覚からの情報の入力にも対応できます(文献21)。

● 数の認識に共通するニューロンの活動


次の例は図2(B)。よく似た実験ですが、これはワーキングメモリをとおして数を正しく認識できるかを調べたものです(文献22、23)。最初に表示されたアイテムの数と1秒間のブランクの後に表示されたアイテムの数が同じ場合にスクリーンをつつくと正解となります。表示するアイテムの大きさや配置のパターンを変えることで、カラスが数の変化だけに注目して判断するようにしています。
その結果についてアイテムの数を対数にして正答率に対するグラフであらわすと、分布が左右対照に近い形となりました。ヒトでは感覚器官をとおした外部からの量的な情報の多くは入力量の対数に比例する刺激として受け取る(小さい量は細かなスケールで、大きな量は大幅なスケールで認識できるので守備範囲が広い)というウェーバー・フェヒナーの法則(Weber–Fechner law)があてはまります(皮膚、筋肉、内臓などの感覚などはこれにはあてはまりません)。図2(B)のアイテムの数に対しては、2個と3個の違い(少ない数どうしの比較)や2個と5個の違い(差が大きい数の比較)はわかりやすいが、これに比べて4個と5個の違いを見分けるのは難しくなるということです。サルで数の認識がこの法則にしたがうことが同様の実験で報告されていましたが(文献24)、カラスもそうであることがわかりました。

ヒトやその他の動物の脳が数を認識、処理する方法について、あるモデルが提案されていました(文献24、25)。脳は感覚器官で捉えられるアイテムの一つずつに反応してゆくことでその総数を認識するのではなく、ニューロン群の中に1から始まり、もっと大きな数までの中で、ある数とその周辺に良く反応する異なった守備範囲をもつ集団があり、これらのニューロンが視覚情報に反応して数を把握する(labeled-line code)というものです。少なくとも1から30までの数に対する実験では、サルのPFCとカラスのNCL内の単一ニューロンごとの活動を計測すると、まさに異なる守備範囲を示すニューロンが活動していました(文献23)。そして、動物の示す行動(課題に対する成功率)とニューロンの活動、これらはともに数を対数スケールで把握しているという点で一致し、ウェーバー・フェヒナーの法則があてはまることがわかりました。こうした数の処理にともなう行動は哺乳類の脳表面の6層構造がなくてもできるのです。

● 無脊椎動物も数に関連するパターン認識が可能 ~難しい認知能力の評価


実はイカ、昆虫、クモなどの無脊椎動物も簡単な数を認識できることが知られています(文献26、27)。ミツバチは学習によって数の増減(足し算、引き算)の表示を与えられた時に二つの選択肢から正解の結果のほうを選ぶことができます(文献28)。詳しい認識のメカニズムは不明で、類人猿や鳥類の数の認識とどこまで共通ものがあるのかはまだわかりませんが、高度な認知と思われるなかにも、その基本原理は以外と簡単なものがあるのかもしれません。
実際、簡単な数の認識だけでなく、その他のいくつもの基本的な認知機能がかなり少ない数のニューロンからなる回路で可能になることが数理モデルで提示されています(文献29)。無脊椎動物も含めた、5億年以上前に分岐した動物で共有している能力である可能性があります。大きな脳では、そのような簡単な回路の情報伝達速度の増加や回路の重複、分業、階層化をうまく統合することによってより複雑な判断ができるようになったと推定できます。
しかし、ヒトがおこなう抽象的な数の概念の把握はこのレベルの認知とは大きくかけ離れたものです。ニューロンの特性(文献30)を使用しつつ、ヒトはさらに数字というシンボルを使うことにより、より高度な領域を開拓しました。ヒトの数に対する能力の特徴はより大きな数へ限りなく拡張することができることにあります。そこには、後で触れるようにヒトの言語能力との共通点があります。

● シジュウカラの音声コミュニケーション


動物がみせるコミュニケーション能力を調べることは認知機能を知るうえで欠かせません。ヒト特有の高度なコミュニケーション能力として、言語の使用があります。この点に関連して次に鳥類の音声コミュニケーションの報告例を紹介します。

ヒトの言語の習得は、まず幼児がおとなの発音を真似ることから始まります。類人猿の中でヒトに最も近いとされているチンパンジーはヒトの発する音の真似ができません。この点では鳥類のほうが優れており、オウムなど、みごとなものまねができるものがいます。単にものまねだけではないレベルでのヒトとのコミュニケーションをみせた例として、アレックスというオウムがよく知られています(文献31)[一般向け書籍:「アレックスと私」 (ハヤカワ文庫NF)アイリーン・M・ペパーバーグ (著),佐柳信男 (翻訳)]

ヒト言語の成り立ちを支えるルールである文法に注目し、これと共通の基本的要素がみられる鳥類の音声コミュニケーションについての研究がおこなわれてきました。さえずりが得意な鳥類(鳴禽類(めいきんるい)、song bird;スズメやカラスなど現生鳥類の中の大きなグループ)がもつ音声コミュニケーション能力が格好の対象です。その中で特に注目される研究があります。日本の野生シジュウカラ(Parus minor)にかんするものです(文献32)。
林の中でシジュウカラは警戒の音声と仲間に集合を促す2種の音声をそれぞれ単独で使います。さらに、天敵のモズが視界にあり、この2つの音声がこの順番で連続して発せられると仲間が集まり、翼をパタッと広げてモズを追い払おうとします。2つの音声が連続すると新たな行動を促すのです。モズのはく製と録音した音声の組み合わせでもこの集合と追い払い行動を誘発できます。録音してあるので送り手の姿はなく、音声のみのメッセージに反応していることになります。これを利用して2種の音声の順番を入れ替えるか、2音声が引き続いていてもそれぞれが別の場所から発せられるように変更してみると、行動誘発の効果が大きく下がりました。集合の声だけを聴いてやってきたシジュウカラが威嚇をすることはもちろんあるのですが、連続音声とは大きな差がみられました。異なった意味をもつ2つの音声が決まった順番で1個体から連続して発声されたときに行動を促すという新たな意味が伝達されたと考えられます。
モズではなく、ヘビに対しては別の警戒音が使われます。その連続音声のうちの警戒音部分を音声特性が異なるコガラのものに置き換えることができることから、シジュウカラは同じ規則内の別の組み合わせにも対応できることがわかります(文献33)。

異なった音声の結合がコミュニケーションの中で使われていることは他の鳥類だけでなく、ゴリラやクジラでも知られていましたが、シジュウカラの場合、それぞれに異なった意味をもつ音声を結合してまたひとつの意味として認識していることが示されました。この機能は単語の連結から句(フレーズ)が生じるという、ヒトが使う言語の基本の原型につながるものといえます。ヒト言語の中で、独立した異なる意味をもつ音声(または手話の場合のサイン)の要素を結合して新たな意味をもつことを併合(Merge)といいます(文献34、35)。

● ヒトの言語の特徴、再帰的併合


ヒトのコミュニケーションの中で言語は重要な役割をもっています。しかし、ヒトの言語能力(faculty of language)という言葉に注意しておくべきことがあります。コミュニケーションの手段として一般に使われる言語のことだけでなく、コミュニケーション機能中の重要な基礎的要素となっている身体(脳)内の計算過程としての「言語」を操る能力という意味内容が言語学や認知科学で使われています。チョムスキー(Noam Chomsky)に代表される言語理論の生成文法(generative grammar)の中でも言語についての考え方は一様ではなく、議論が続いている問題です。
Hauser、Chomsky、Fitchの3名による2002年の論文(文献36)ではヒトの言語能力を広い意味での言語能力(FLB、faculty of language-broad sense)と狭い意味での言語能力(FLN、faculty of language-narrow sense)の二つに区別して整理しています。FLNという言語計算システムはFLBというより大きなシステムに含まれる一つのシステム(サブシステム)だという位置づけです。FLN、そして同じくFLBに含まれる感覚-運動と概念-意図にかんする少なくとも2つのシステムの介在により、FLBのシステムの外にある身体内の機能システム(記憶、呼吸など)とともにヒトのコミュニケーションが成立しているという考えです。この考えによれば、ヒトの言語機能の本質はコミュニケーションにあるのではなく、言語は内的な思考装置といえるものです。

どんな種類のヒトの言語でも、ヒトは生まれながらにして幼児の間に置かれた環境の中で苦もなくその言語を母国語として使えるようになります。遺伝的な資質をもちあわせているのです。文献36の著者たちは、FLNはおそらく進化のごく最近に獲得されたヒト独自のものだろうという立場です。これに対し、FLBのほうはヒト以外の動物とも共有する部分があるのは明らかだということなので、ヒトのコミュニケーション能力とヒト以外の動物のコミュニケーション能力の間には構造的なギャップがあることになります。本当にそうなのか、この点についてヒトとその他の動物との今後の比較研究の重要になるだろうということがこの論文で強調されました。

先ほどのシジュウカラの研究では、2つの要素を組み合わせるという基本的な併合(core-Merge)が見出されました。併合はメッセージ伝達におけるルールとなる文法のひとつです。ヒトの言語となると、複数の併合が単なる繰り返しではなく、多層的に組み込んでゆく形で使用されるという再帰(recursion)の特徴があります(文献34、35)。この再帰の機能による階層構造を含む操作が無限に拡大できる自由度をヒト言語に与えています。
先に紹介した数の認識のうち、ヒトがおこなう簡単なパターン認識のレベルを越えた算術としての数の扱いは、併合の機能をとおしたヒト言語の無限性との関連が考えられてもいます(文献34)。

シジュウカラの例では併合の結果、新たな一つの意味が生じたものの、これに加えて階層性のある意味が生じるような発展は認められていません(文献32)。階層性を生み出す併合が無限性、自由性をもたらすヒトの言語の特徴です。遺伝的資質としてヒトがもっているこの能力はどのようにして現れたのか。Chomskyは無限の併合はヒトの進化の中でおそらく一気に現れた機能であり、段階的に積み重なって定着してきたものではないはずだと考えています(文献37)。これは以前から注目を集め、議論を呼んでいた点です。階層性をめぐって、音声としてメッセージを送ることが得意な鳥類の研究が注目されてきた(文献38)のはこのような背景があります。

2つの音声要素の併合がみられるシジュウカラ。階層性をもつヒト言語との間には隔たりがありますが、この発見は大きな収穫です。跳躍的にみえるヒト言語での機能拡大はどのようなメカニズムで起こったのでしょうか。この点については鳥類や類人猿のような複雑な社会を形成する動物を対象にした、コミュニケーションの手段としての音声やサインのやり取りの進化と言語との関連に注目する立場が“跳躍”も含めた謎に迫るうえで重要になるように思えます。今後も鳥類のさえずりとヒトの話す言語についての脳回路の構造と活動の比較研究(文献39)が進んでいくのでしょう。

 その他の鳥類の多様な認知機能にともなう行動についての一般書籍:「鳥! 驚異の知能 道具をつくり、心を読み、確率を理解する」 (講談社ブルーバックス) ジェニファー・アッカーマン (著), 鍛原 多惠子 (翻訳)  


前半(話題54-1)の文献(1~39)
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