恐竜、始祖鳥のパターンからはじまる鳥類の卵の中での第1趾の発達
始祖鳥(アルカエオプテリクス(アーケオプテリクス)、Archaeopteryx)は恐竜(非鳥類恐竜)の特徴と現代の鳥類に近い特徴の両方を併せ持っています。始祖鳥から直接現在の鳥類が進化してきたわけではありませんが、19世紀(1861年)におけるこの動物の発見は恐竜から鳥類への移行の様子を知る大きな手掛かりをもたらしました。その後の研究結果をふまえた始祖鳥の生きていた時代(中生代ジュラ紀)と鳥への進化の経路中での位置づけは 話題24 の図をご覧ください。
化石からうかがえる始祖鳥の骨格の特徴は圧倒的に恐竜のものが数として勝っています。尾骨が続く長い尾、歯、前脚の爪、などです。そのような特徴の中で、後脚の指の中で第1趾(だいいっし;趾は後脚の指、第1趾はヒトでは足の親指)の向きが他の指とは全く逆になっている(文献1)という点が鳥類と同じだとして注目されていました。ここでの向きとは指の背腹の関係をいいます。しかし、21世紀になってからこの解釈は間違いだということになりました。根拠となっていたドイツで発見され、ロンドンの大英自然史博物館所蔵となっている歴史的な最初の骨格標本のこの部分は変形して化石化してしまったものであるらしいということが、その他の複数の標本からわかったからです(文献2、文献3)。始祖鳥の第1趾の向きは逆転していませんでした。
中生代に棲息していた初期の古代鳥の中で、始祖鳥より少しだけ現代の鳥類に近いものには第1趾の向きの逆転が不完全とみられる例があります(文献4)。始祖鳥と現代の鳥類のタイプの中間形といえます。
ところが、現代の鳥類の胚発生の様子をみると、最初に脚の指が形成される時には第1趾の向きは逆になってはいません。卵の中の胚で進む脚の発達とともにその向きが変わってくるのです(文献5)。
進化の道筋で起こったであろうことが胚発生の中で進むのです。「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われます。動物体の形、構造が過去の進化の積み重ねの結果である以上、胚発生における形態形成の道筋がいろんな面でその歴史を反映するのは当然のことです。
恐竜、始祖鳥、現生鳥類の後脚の指のつき方
四肢の基本形では、前脚も後脚も指の数は5本(前脚から翼への進化を題材として、 話題22 で解説しています)です。その記事の最初にある図をご覧ください。中足骨(ちゅうそくこつ;空色)と趾骨(しこつ;黄色)の色は 話題22 の前脚の図の中手骨と指骨にあわせてあります。鳥類、そして獣脚類の中で鳥類に近い恐竜の後脚では第5趾がなくなり、4本になっています(例外もあります)。
この図の中で、初期の恐竜ヘレラサウルスでは指の全てが足首から出ています。しかし、アロサウルスでは第1趾骨につながる第1中足骨は第2中足骨の途中から出ています。これに対し、ほとんどの現生鳥類も第1中足骨が足底の縁になるもっと末端の位置から出ており、さらにその向きがねじれて、第1趾と他の指の腹側同士が向き合うようになっています。第1趾が他の指とは反対側に伸びて曲がるので、木の枝に止まるには格好の形です。
現代の鳥類のほとんどはこの形ですが、第2趾と第3趾が前に、第1趾と第4趾は後ろに向くオウムやインコがいるなど、多様性も生じています。
始祖鳥はどうかというと、先に述べたように恐竜のタイプのままであり、第1趾の背腹の向きは逆転してはいません。化石にみられる他の特徴からも、始祖鳥はいつも樹上で生活していたのではなく、地上にいることが多かったのかもしれないとも考えられるようになりました。ただし、第1趾は他の指と全く同じ方向に伸びているわけではないので、この指の助けによって後脚はある程度はものをつかむことができ、始祖鳥が木の枝の上で行動する時には役立ったようです(文献3)。
現生鳥類では発生中に筋肉の働きで第1趾の向きが変化する
文献5ではニワトリ、ウズラの胚を使い、初期発生における中足骨と趾骨の発達の様子を細かく観察しています。
第1趾のもととなる軟骨成分は足の軸(遠近軸)から横向き(体の内向き)に他の指よりも短く伸びます。したがって、この時点で第1趾の先端が伸びる方向は他の指とは違っています。この後、第1趾のねじれが始まるのは受精後7日目になってからです。この時期に筋肉がこの部分の骨に連結し、続いて筋肉の運動により第1中足骨にねじれを引き起こします。このことは筋弛緩剤を投入すると指同士の位置関係における背腹方向の逆転が起こらないことで確認できました。薬剤によって引き起こされた様子はアロサウルスの後脚に似ています(文献5)。
少し話がそれますが、先に触れたインコの第4趾の先端が後方を向くのも、やはり初期発生の筋骨格系の形成時に起こる現象です。文献5の著者たちはセキセイインコを使った観察から筋肉の非対称な活動が第4趾の先端の方向が変化する原因ではないかという報告もおこなっています(文献6)。
鳥類への進化における第1趾の向きの変化
第1趾の背腹の向きの逆転にかかわる筋骨格系の基本的な構造は恐竜も鳥類に似ていると推測されています。そうであるならば、ねじれが生じる、生じないの違いはどこにあるのでしょうか。著者たちは第1中足骨の分化が他の部分より明らかに遅れていること、さらにその中足骨の中でも基部と末端では進行に時間差がありそうだということに注目しています。始祖鳥タイプの体が進化する際に、基本的なメカニズムは同じでも、新たに生じた形態の違いから、ねじれに関連する筋肉の動きの違いを生み出したかもしれないと考えられます。現生鳥類の活発な代謝と早い成長によって、より早い時期から筋骨格の活動が始まるようになったことも要因の候補としてあげられます(文献5)。話題15 で紹介したように、始祖鳥は周囲の環境より高い体温をもっていたものの、現生鳥類ほどの体温には達していなかったのではないかというデータが元素分析から得られています。いずれにしても、この指の向きの反転は進化における形態形成の変化のメカニズムを考えてみる好例であるようです。
始祖鳥の特徴と、それ以後に発見されてきた、より現生鳥類に近い古代鳥の特徴との間にはギャップがあります。2016年に発見された白亜紀初期のチョンミンギア(Chongmingia)は既知の古代鳥の中で非常に古いものではないかとして報告されています(文献7)。その著者たちは、この鳥の第1趾の向きに逆転がおこっていると考えています(私信)。その根拠となるのが、ここに示す第2中足骨と第1中足骨の接続部分の写真です(掲載はMin Wang博士のご厚意による)。第1趾は途中でねじれて基部の接続面とは逆方向に伸びています。
標本全体の写真はhttps://www.nature.com/articles/srep19700 (オープンサイト)をご覧ください. Figure1のmtIが第1中足骨です.
鳥類進化の初期には飛行も含め、いろんな進化上の試みが複数の進化の経路で独自に試されたと考えられています。生態・行動に大きくかかわるであろう後脚の指の向きの変化もそうした例のひとつであり、始祖鳥レベル以降の鳥類へ向かう進化の中では比較的早い段階で起こりやすいものであったのかもしれません。
文献1:Ostrom, J. H. (1976). Biol. J. Linn. Soc., Vol. 8, 91.
文献2:Mayr, G. et al. (2005). Science, Vol. 310, 1483.
文献3:Mayr, G. et al. (2007). Zool. J. Linn. Soc., Vol. 149, 97.
文献4:Zhou, Z. and F. Zhang (2007). Front. Biol. China, Vol. 2, 1.
文献5:Botelho, J. F. et al (2015). Sci. Rep., Vol. 5, 09840, DOI: 10.1038/srep09840
文献6:Botelho, J. F. et al (2014). Proc. R. Soc., B 281, 20140765.
文献7:Wang, M. et al. (2016). Sci. Rep. Vol. 6, 19700, DOI: 10.1038/srep19700.
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