~琥珀中の非鳥類恐竜のものとおもわれる尻尾から推測された羽毛進化の経路~
琥珀とはどのようにできるもの?
琥珀(こはく)は樹木でつくられた樹脂が流れ出て特別な条件のもとで長い時間の間にまるで鉱物のように硬化したものです。その形成に必要な時間は地質学的なもので、樹脂に含まれていた不揮発性の有機物におこる化学変化が必要です。しかし、琥珀はあくまで鉱物ではなく、非常に安定というわけでもありません。紫外線などにより劣化し、また加熱による融解も簡単です。
樹脂の役割は傷をふさぎ、菌の増殖を防ぐことですが、樹木の導管(根から吸い上げる水の通り道)や篩管(養分の通り道)などから出る樹液も混ざったものが樹皮表面にあらわれると、その養分を求めて昆虫などが集まってきます。そうした小動物などが樹脂にとらわれると、琥珀の中に入った形で出土するようにもなります。
琥珀の中の白亜紀鳥類の翼
これまでも琥珀の中に羽毛が見つかることはありました。細かな構造がわかるので、羽毛の進化をたどるための貴重な試料となるのですが、その持ち主がどのような動物であったのかがわかりませんでした(文献1、2)。
ところが、2016年6月に報告されたミャンマーで見つかった琥珀二つには翼の一部が入っていたのです(文献3)。X線断層撮影による琥珀内部の透視画像を作成し、翼の中の骨格の構造を調べた結果、これが中生代白亜紀の鳥類であるエナンティオルニス類のものだということになりました。
琥珀の外部からの観察なので情報は限られますが、可視光に加えて紫外線も用いた琥珀内部の細かな構造を調べることができます。羽毛はもとの形体が比較的よく保たれるので、羽軸と羽枝の角度なども求めることができました。現代の鳥類の羽毛の形体にまではまだ少し達していないところもあるものの、非対称の飛翔用の羽毛など、空を飛ぶのに必要な種類の羽毛はそろっていました。
続いて報告された琥珀の中の尻尾と羽毛
同じ中国の研究グループにより、次いで12月に発表されたのが文献4。やはりミャンマーで採掘されていた琥珀で、昆虫などと一緒に、明らかに目でみてわかる羽毛がついた尻尾の一部が含まれていました。さきほどの報告と同じような観察をおこなった結果、この尻尾の持ち主は鳥類以前の非鳥類恐竜であろうと推測しています。
尻尾は4センチメートル弱の小さいものです。骨格構造は不明確なところがありますが、ここには8つの椎骨、そしてこれに続く9つめの椎骨が部分的に含まれていると判断されました。その大きさからは、この標本がまだ幼体のもので、その構造からは、もっと長い尻尾の中央部から後ろの一部であると推測できました。尾端骨(図は話題24)はなかったのです。そして飛翔中の姿勢や速度、方向転換の制御のための後方に伸びる特徴的な尾羽も標本中には見つかりませんでした。
構造には多くの非鳥類恐竜との類似点があり、始祖鳥よりは系統樹の根元側に位置するコエルロサウルス類のものという考えです。しかしながら、標本から得られた情報では、コエルロサウルス類、原鳥類(パラべス)、アヴィアラエの一連の系統樹の中のグループ中でのこの尻尾の持ち主の位置づけを確定するのは難しそうです。アヴィアラエに属するジェホルニスや始祖鳥も尻尾に20個以上の椎骨をもちますが、この標本から推測する椎骨の数は、これよりは長いと論文では推測しています。また、その椎骨の裏側には非鳥類恐竜に広くみられる溝がありました。
[ 鳥類への進化経路については話題24の図を、以下の羽毛の形とその進化については話題7の図を、よろしければ参照してください。]
羽毛の進化の多様性
羽毛の進化について、この記事の冒頭の図に示す経路が推定されています。ステージ1では単一の線維であったものが、ステージ2では基部から複数伸長するようになります。ステージ3aでは線維が融合することにより、中心軸となる羽軸ができる一方、ステージ3bではこの融合がない状態で細かな小羽枝が根元から先端にいたるまで生じます。3aの羽枝部分に小羽軸が生じる、あるいは3bの複数の軸をなす線維の融合が起こればステージ4のきっちりとした面を形作る羽毛へ進むことになります。この先のステージ5では羽軸両側の羽枝の長さが非対称となり、現在の鳥類がもつ飛翔のための大羽となります。
これまで非鳥類恐竜ではステージ3aまでの形が知られていたのですが、今回の標本はステージ3bの次の段階にあたり、線維の融合が進みはじめた羽毛だということがわかりました。現在の鳥の飾り羽に相当するといってよい構造です。全身の羽毛がこのタイプならば、空を飛ぶことは望めそうにありません。図ではこの羽毛の背景色を黄色にしてあります。羽毛の進化の多様性を示す証拠です。もっとも、論文が触れているように、ステージ3aを経ていったんステージ4にまで達した羽毛に逆行がおこった可能性は否定できません。また、この形体が実際にステージ4を経て鳥類のもつ飛翔のための大羽の進化につながったかどうかはもちろんわかりません。
この標本が幼体ではあるものの、これまでの化石や現在の鳥類の成長における羽毛の発達過程から得られている知見からすると、成長につれて羽毛が大きく異なる形態のものに抜けかわることはなく、この標本は成体の羽毛の特徴をあらわしているとみられています。
ところで、羽毛には栗色の色素の痕跡があるのですが、標本の中でアクセスしやすい部分を取り出して走査型電子顕微鏡でみたところ、メラノソームらしきものは認められませんでした。この部分は色の薄いところだったのですが、ここには少なくともメラニンによる着色の証拠はありませんでした。
琥珀のサイズは通常、限られているので、得られる情報も限定的なことが多いはずですが、文献3や文献4のように琥珀中に羽毛がその持ち主の体の一部とともに見つかることがまたあれば、羽毛の形態と鳥類への進化に関するさらにめざましい情報がもたらされることと思います。ミャンマーは中生代の良質の琥珀が出るので、今後が期待されます。ただ、琥珀は宝石として流通します。貴重な試料として使える生物の化石入り琥珀が公的機関による研究ができないところで取り引きされ、加工されたりもする懸念はこれまでも、そしてこれからもあります。
文献1:Perrichot, V. et al. (2008). Proc. R. Soc. B, Vol. 275, 1197.
文献2:McKellar, R. C. et al. (2011) Science, Vol. 333, 1619.
文献3:Xing, L. et al. (2016). Nature Comm., Vol. 7, doi:10.1038/ncomms12089.
文献4:Xing, L. et al. (2016). Curr. Biol., Vol. 26, 1.
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