非鳥類恐竜の絶滅前に鳥類がいた。その確かな化石としての証拠として中生代白亜紀後期の地層から見つかったのが、ヴェガヴィス(Vegavis iaai)というカモやアヒルに近いと考えられる鳥です(文献1)。2005年の報告でした。その後、ごく最近の発表では、ヴェガヴィスの発声のための器官が現代の鳥類と同じような構造であったと報告されています(文献2)。非鳥類恐竜の化石にはこうした構造が見つかっていません。この発声器官を使う発声方法は恐竜の中での鳥類への進化の比較的遅い段階であらわれたものであり、鳥類を特徴づける出来事であったと考えられます。
少なくとも恐竜時代の遅くには鳥の声がすでにこだましていたのです。その一方で、非鳥類恐竜が大声で咆哮することはあったのでしょうか。
白亜紀後期の鳥、ヴェガヴィスの発声器官
話題25で触れたように、爬虫類のワニや哺乳類の発声器官は喉頭(こうとう)にありますが、現在の鳥類の喉頭は生じた音声の調整をおこなうことはあっても(文献3)、発声そのものにはかかわっていないとみなされています。喉頭よりも奥、気道が二股に分かれた部分にある鳴管(めいかん)を使って鳴き声を出します。古代の鳥類がどのような発声のための器官をもっていたのかは、これまでよくわかっていませんでした。
ワニの発声器官(喉頭)と鳥の発声器官(鳴管)の位置
このヴェガヴィスの化石が見つかった場所は南極半島。文献2ではX線CT(X線コンピュータ断層撮影法)でスキャンした結果を12種の現生鳥類の鳴管から得られたデータとも比較し、この鳥の気道部分の3次元構造を再現しました。
再現された1センチくらいの大きさのこの器官には、気道周りの軟骨の一部が完全なリング状ではないこと、この器官の左側と右側で形が非対称となっていること、という現代の鳥類の鳴管の形態的な特徴がよく保存されていました。また、鳴管の内部には、気管支の腹面と背面とを気道をまたいで連結するカンヌキ骨(ペッサルス、pessulus)もヴェガヴィスにあることがわかりました。これは現生鳥類でもダチョウなどが属する古顎類(こがくるい)には存在しないものです(ただし、南米に棲むレアにはかすかな構造物が認められるそうです)。化石の中に残ったこうした構造の中に、もとは空気を振動させるヒダ状の立派な柔組織があったことは間違いありません。
鎖骨の間の気嚢(きのう)の空気を送る働きが鳴管からの発声には必要ではないかという見方もありましたが(文献4)、文献2はこの位置にある気嚢の有無にかかわらず、鳴管からの発声は可能であると述べています。
ヴェガヴィスはカモ、アヒル、そしてハクチョウに近い鳥です。これらの鳥と似た鳴き声を出していたと考えられます。
非鳥類恐竜の鳴き声は?
非鳥類恐竜にも同じような構造物があれば、やはり同じようにミネラル化して化石として残っていてもよいのですが、これまでは見つかっていません。明確な形での鳴管をもっていなかったと考えられています。非鳥類恐竜は鳴管から鳴き声を出す仕組みをもっていなかったということになります(文献2、文献4)。
では、その代わりにはっきりとした発声ができるような喉頭を非鳥類恐竜がもっていたかということについてはどうでしょうか。
鳴管は喉頭の発声器官が気道の奥に移動したものではなく、新たにあらわれた器官です。ただし、話題25で触れたように、発声器官として働くときの仕組みには両者の間に共通点があります。しかし、喉頭とそのごく周辺は柔組織ばかりなので、その構造はうまく化石として残ってくれません(文献4)。例えば、ネアンデルタール人が複雑な言語をどこまで巧みに操ることができる発声装置をもっていたかどうかについても詳細は謎で、喉頭の位置や筋肉のつき方を周辺の硬組織の構造(文献5)を現代人のものと比較して推測するしかありません。硬組織でなくとも、体表の剛毛や羽毛は大変まれではあるものの、恐竜の化石にも残ることがあります。しかし、喉頭についてはこれまでのところ、決め手となるような情報はありません。
ワニ(Crocodilia)は主竜類の中で恐竜に近縁です。現在のワニは喉頭を使って鳴き声を発しますが、進化の経路で恐竜とわかれる前にすでにこの機能があらわれていたのかどうかも含め、化石からの情報は得られていないのです。とはいえ、それでも今後何らかの新たな手掛かりが得られるかもしれないという可能性は否定できません。
したがって、現在のところは非鳥類恐竜が大きな声で咆哮できたことを示す証拠はないのですが、否定する証拠もありません。ただ、鳥類で鳴管が出現したことから、特に非鳥類恐竜の中でも鳥類に近い仲間が発声装置としての立派な喉頭をもっていたとは少し考えにくいようではあります。しかし、実際はどうだったのでしょうか。話題25では口を閉じて鳴く鳥と同じような鳴きかたをしていた恐竜がいた可能性があるという報告を紹介しました。
コミュニケーションのための音は喉頭以外からも発生させることができます。もしも非鳥類恐竜が喉頭から大声を出すことができなかったとしても、いろんな動物にみられるように口から空気を吹き出すなどの音によるコミュニケーション(文献4)をとっていたはずです。しかし、それではどうも迫力に欠けるようです。今後、この点についてのめざましい発見があるでしょうか。
鳥類が形態、機能の多様性をもって生息場所を広げていったスピードが最も著しいのは、非鳥類恐竜が姿を消した後の新生代に入ってからであり、現在からさかのぼると5000万年前くらいより後ですが、その前の中生代後期のうちにも、すでにいろいろな種類の鳥類が出現していたと系統樹の解析から推測されています(文献6)。恐竜の発する音がどのようなものであったかはともかくとして、さまざまな鳥類の鳴き声はすでにこの時代の森や水辺に響いていたようです。
文献1:Clarke, J. A. et al. (2005). Nature, Vol. 433, 305.
文献2:Clarke, J. A. et al. (2016). Nature, Vol. 538, 502.
文献3:Riede, T. et al. (2006). P.N.A.S., Vol. 103, 5543.
文献4:Senter, P. (2008). Hist. Biol., Vol. 29, 255.
文献5:D’Anastasio, R. et al. (2013). PLoS ONE, Vol. 8, e82261.
文献6:Jetz, W. et al. (2012). Nature, Vol. 491, 444.
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