鳥類の頭部は幼い形のまま----幼形進化
今回は鳥類への進化における頭の形についての話題です。頭蓋骨を比較した上の模式図をご覧ください。
中生代白亜紀のティラノサウルスやヴェロキラプトルが属する獣脚類の恐竜はその前の時代のジュラ紀から現れ、繁栄しました。鳥類への進化は獣脚類の中から進んできたと考えられています。コエロフィシスは中生代初期ジュラ紀の獣脚類です。この図から、ニワトリはワニ、コエロフィシスと比べると、成体になっても幼体の時の形からあまり変わらないことがわかります。これはニワトリだけでなく鳥類全般にみられる特徴です。同じことがジュラ紀の始祖鳥にもみられます。
文献1ではいろいろな獣脚類(現存の鳥類を含む)の胎児/幼体と成体を区別しつつ、頭蓋骨の形態を詳細にみてみました。対象にした頭蓋骨の形態の違いを生み出すことがわかった主な要因の影響の程度を軸としたグラフ上の分布をみると、確かに鳥類では幼体の特徴(眼窩(がんか、眼を収納する窪み)が大きく、頭蓋骨全体の前後の伸長が少ない)を保ったまま成体になる傾向が顕著となりました。
これは成長過程における形態変化のタイミングが本来とは違ってしまう現象で、ヘテロクロニー(異時性、heterochrony)といいます。鳥類の頭部成長では、幼い形態のまま成体となるヘテロクロニーが進化の中で定着したとみることができ、このような進化は幼形進化(ペドモルフォシス、paedomorphosis)と呼ばれます。
鳥類の頭の場合は成長速度が非常に早く、幼い形態のままに大人になってしまうという早期成熟による幼形進化です。この幼形進化により、鳥類は相対的に大きな脳を格納し、飛翔に必要な優れた視覚を得るための眼とその情報を処理する神経のシステムを発達させることができました。
文献1は鳥類に至る進化の中では頭部の幼形進化が段階的に4回起こったとみています。その初回はドロマエオサウルスの仲間(ヴェロキラプトルはここに属します)や始祖鳥を含めた真マニラプトラのグループの誕生の時であり、体のサイズの大幅な縮小をともなっていました。この後から始祖鳥が現れています。また、3回目は孔子鳥(Confuciusornis)とイシャノルニス (Yixianornis)との間で生じ、この時はこれも頭部の大きな特徴となる、くちばし(嘴)の顕著な発達をともなっているというものでした。
始祖鳥は幼形進化がすでにみられるのですが、くちばしはまだもっていません。
ニワトリのくちばしを先祖の形に?----遺伝子発現パターンを人為的に変えてみたら
鳥類の頭部下部前方の先端を形づくるくちばしは際立つ構造であり、この部分は幼形進化ではない新たな発達をとげています。爬虫類も哺乳類も、顔面左右一対ある前上顎骨(ぜんじょうがくこつ)が前方に伸長して上顎の先を形成するのですが、鳥類ではこの左右の骨が融合し、くちばしの上部を形づくっています。
文献2はニワトリの胚発生を人為的にコントロールして、吻の部分を先祖型に近いと考えられる形態へある程度逆戻りさせてみることが可能であることを示しています。
FGFとWNTは動物の成長、形態形成のいろいろな過程で大切な役割を果たすタンパク質です。鳥類の初期胚の顔面でのFGF8の遺伝子の発現、およびWNTの指令を受けるLef1遺伝子の発現が強くなる時期があります。爬虫類と哺乳類ではこの時期、この場所でのこれらの遺伝子の強い発現はみられません。そこで著者たちはこれらの遺伝子の機能を調べるために、ニワトリ胚のこの場所にFGF、またはWNTによって生じる細胞内のシグナルの伝達を阻害する薬剤を浸み込ませた小さなビーズを埋め込みました。
処理を受けたニワトリ胚が受ける薬剤の影響の程度はさまざまですが、強く影響を受けると前上顎骨が融合しないことがわかりました。発生が遅れるのではなく、その状態で停止しているとみています。
(図: 吻(口先)の部分の骨格を上からみた模式図)
先に述べたイシャノルニス(歯はありません)では前上顎骨は前部でのみ融合、始祖鳥(歯を持っています)では融合全体が不十分、そしてドロマエオサウルスやそれ以前に鳥類への進化経路から別の経路に分岐している恐竜はワニとも共通する形態の特徴を示すことが知られています。このことから、今回の実験は人為的に部分的な先祖返りを引き起こしたものと考えられ、顔面中央でのこの遺伝子発現パターンの変化が進化の中で定着し、くちばしの形づくりにつながったのではないかという推測ができます。
阻害剤を処理された胚(その数22)をよく調べると、前上顎骨だけでなく、くちばし上部の内側根元にある口蓋骨の形にも変化がみられ、明確に分かれているニワトリのタイプとワニのタイプの間を埋めるような形態の分布をしていました。もしも、実際の進化がこのようなFGFやWNTが関与する過程をたどったのであれば、この論文の著者が述べているように、こうした形態は未発見の初期の鳥類のくちばしの構造を示唆しているのかもしれないという想像も可能です。もっとも今回の先端の形のままではとても不便そうです。実際には、無理やりの遺伝子発現の阻害で形が変わっているため、ここで処理されたニワトリは長くは生存できないはずです。
鳥類はくちばしを器用に使いこなします。くちばしは食事だけに使うものではなく、その形の多様性はそれぞれの鳥がいろいろな環境に適した生活形態をもつようになったのに対応しています。重要なことは、くちばしの発達が前肢が物をつかむなどの役割から離れて翼としての機能を果たすように形を変化させることを促したと考えられることです。くちばしの発達は空を飛ぶためにも重要であったのです。くちばしの機能があまりにも定着したからでしょうか、話題(22) でも触れましたが、飛ばなくなった鳥のエミューは飛翔に不要となった前肢を再び地上生活用に使うようにはならず、小さく退化させており、翼の指は1本にまで減っています。
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鳥類の最大の特徴である飛翔能力には、羽毛や翼の発達以外だけでなく、頭の形、くちばしの発達などの重要な構造、機能の獲得が必要でした。他にも例えば、鳥類では左右の鎖骨(さこつ)が融合して叉骨(さこつ)となっていて、力強い翼の羽ばたきに重要な役割を果たしています(文献3)が、このような役割を持つ前から融合型の叉骨の原型はティラノサウルスやヴェロキラプトルへと分岐する進化にすでにみることができます。しかし、鳥類につがなる進化における早い段階での大きな出来事としては、なんといっても体の小型化を見逃すわけにはいきません。次回に紹介します。
文献1:Bhullar, B.-A. S. et al. (2012). Nature, Vol. 487, 223.
文献2:Bhullar, B.-A. S. et al. (2012). Evolution, Vol. 69, 1665.
文献3:Jenkins, F. A. et al. (1988). Science, Vol. 241, 1495.
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