ワニ、恐竜、鳥類の骨盤進化に通底する形の変化の傾向
脊椎動物の姿勢や運動能力には骨盤の構造が深く関係します。ワニ、恐竜、鳥類、それぞれの骨盤の構造は4足歩行から2足歩行を経て飛翔にもつながった進化の過程をよく示しています(上図)。これまでの話題で何度も取り上げてきたように、発生途中の体づくりの中には進化がたどってきたおおよその様子を再現してみせてくれる例が多くあります。鳥類の骨盤形成の様子はこの点で非常に興味あるものです。
しかし、軟骨形成から始まる骨盤の発達のかなり初期の様子はこれまであまり詳しくはわかっていませんでした。骨の染色に一般的に使われているアルシアンブルーは未成熟の軟骨組織の観察には不向きであるからです。そこで2022年7月発表の研究(文献1)では、発生初期段階の未成熟の骨、さらに筋肉、神経、それぞれに対して特異的な抗体を使った組織の識別をおこない、発生にともなう形の変化を追跡しました。その結果は、多くの点で鳥類胚骨盤の筋骨格形成はワニ型の原型から恐竜を経る進化の過程を反映するというものでした。
骨盤の進化をなぞる鳥類胚の発生過程
骨盤(pelvis)を形成する骨のうち、大腿骨との関節のまわりにある腸骨(ilium)、恥骨(pubis)、座骨(ischium)の形と配置(上図;体は左向きで大腿骨は右側のもののみ表示しています)が今回の話題の対象です。
恐竜の骨盤は、ワニを含むより広い分類グループである主竜類の原型と比べると腸骨が前後方向に伸びているのが特徴です。さらに恐竜の中の竜盤類から鳥類につながる進化においては、恥骨が前方から後方に向くようになりました。図ではティラノサウスと始祖鳥(ともに竜盤類恐竜の中の獣脚類)の骨盤を示してあります。
今回(文献1)、軟骨細胞分化の際に発現するタンパク質に対する抗体を使ってワニ(アメリカアリゲーター)の胚の未成熟な骨盤の形成を調べてみると、左右の恥骨が互いに大きく離れている他は、ほぼ成体と同じような構造を維持していました。これに対して、鳥類(実験発生学でよく使われる日本のウズラの他に、ニワトリ、セキセイインコ、チリのシギダチョウも対象となりました)の胚では発生にともない、よりダイナミックに形が変化していく様子が観察できました。体の後方末端では最初長めだった爬虫類型の尾が短くなる中、骨盤領域では前方を向いていた恥骨が成体と同じように後方へとその先端を振りかえます。さらに腸骨がまず後方へ、ついで前方へ伸びます。これらの形態形成の進み方は進化の道筋をおおまかにたどるものです。ウズラでは胚発生開始5日半後からの2日間での出来事です。ただし、座骨の形は主竜類共通の原型をとどめ、棒状になることなく、板状のまま鳥類成体の形へ至ります。また、恥骨は発生の期間をとおして成体と同じく左右に開いたままです。したがって、骨盤進化の様子をそっくりに再現しているわけではありません。
次に骨盤における筋肉の配置です。絶滅種であっても、化石となった骨の表面の様子から筋肉の付き方が推測されています。今回、骨格筋に対する抗体を使って調べた鳥類胚骨盤への筋肉配置は、骨盤の形の変化に合わせた主竜類原型と同じような形から恐竜、そして鳥類型へと進むことがわかりました。
ところが、神経組織に対する抗体が示した結果は骨と筋肉の結果とは異なるものでした。神経の発達は筋骨格形成の途中経過とは独立し、最初から鳥類成体の神経経路の形に進むというものでした。神経を含む組織、器官形成の相互作用における制限、誘導などの現象を考えるうえで興味深い結果です。
骨盤の形の変化を進化と胚発生のそれぞれの過程の中で詳しく比較
骨盤形成を進化の過程と胚発生の過程との間で詳しく比較するため、骨の形を把握するためのランドマーク(話題12)と呼ばれる、特徴となる箇所を13か所設定して得た3次元デジタルモデルをつくり、その変化を追ってみました。進化と胚発生、どちらの過程でも前後に伸びる腸骨と後方に向きを反転する恥骨が全体の変化に最も寄与する要素となり、腸骨が腹側へ曲がりつつ伸びる点が次に主となる変化の要素でした。この二つの要素を軸にしたグラフ(形態空間、morphospace)では、進化と胚発生の両者の個々のデータをマップしたものがほぼ平行に並びます(胚発生では、途中でこのラインからやや離れる期間があります)。この分析から、進化と胚発生における骨盤の形の変化はともに同じような傾向をもって進むことがはっきりしました。
鳥類で大きく変化した骨盤の形も、それまでの進化の形態変化のパターンを継続したもの
一般にあるサンプル群に存在する共通の構造を比較観察する際に、形状(上記のようにランドマークの設定などから求めたもの)とサイズが重要な測定値となりますが、個々の構造はその形成の際にこれを取り巻く周囲との直接的な、場合によっては間接的な相互作用の中にも組み込まれています。ここに進化につながる変異が入る場合には、この相互作用のためにいろいろなレベルでの機能的な制限や逆に増幅の作用も含まれてくるでしょう。このことは話題49でも触れたネットワークの考え方を生み出します(文献2、3)。
実際に、生物の体のある部分の特性変化が別の部分に影響を与え、結果としてこれらの部分どうしが何らかの関係をもちながら共に変化して新たな特性があらわれることが主竜類の頭蓋骨や骨盤の形の進化でも報告されてきています(文献4~7)。
文献1では骨盤進化の中の各箇所の間にみられる形の変化の関連性について、いくつかの定量的な分析をおこなっています。まず、ランドマークのセットで区分した部分ごとの形の推移の傾向は各所であまり変わらないという結果でした。骨盤各所の形のデータについて、二つのペアの箇所ごとに関係性を示す指標を求めていくと、骨盤の形状進化の中で腸骨の前後の末端と恥骨の基部のみが強く連携して変化していました。また、骨盤側面のイメージデータを比較しやすいように補正を加え、骨盤各所の形の特徴的な変化をマトリックス上で組み合わせて調べてみると、原鳥類(鳥類および恐竜の中でも鳥類にかなり近い分類グループ)とそれ以外の主竜類で同じようなパーツ間の関連をもつ変化をおこしたことがわかりました。外見は大きく変化している鳥類骨盤の形も、要素的には共通のパーツが関連する共通の変化のパターン内での進化の結果だということです。鳥類でまったく新しい方向への形態変化が始まったわけではなく、それまでの継続的な変化が極端に進んだといえます。
なお、文献1の著者達は鳥類を含まない恐竜のグループである鳥盤類についてもこの点を調べています。鳥盤類ではその他の主竜類とは違う骨盤形態変化の要素をもつようになっていたらしいというものでした。
鳥類骨盤の股関節にある穴(寛骨臼)も胚発生中に貫通
ところで、恐竜と鳥類の骨盤の特徴のひとつとして、寛骨臼(かんこつきゅう)と呼ばれる骨盤側面にある大腿骨との接続部分(股関節)にあいた穴があります(冒頭の図をご覧ください;寛骨は腸骨、座骨、恥骨が一体となったものを指します)。主竜類の原型タイプの骨盤は寛骨臼がくぼみになっているだけで、貫通した穴がないのが大きな違いです。鳥類胚では寛骨臼の穴の貫通はこれまでに述べた基本的な骨盤の形ができた後におこります。
文献8では胚発生の時期に股関節に生じる細胞群が寛骨臼の軟骨に穴をあける能力をもつシグナルを分泌すること、また、こうしたシグナルの候補とみなされるWntタンパク質に対する感受性が鳥類胚の骨盤では高いことを報告しています。体づくりにおけるシグナルのやり取りの場所的、量的、時間的な変更が進化の中でおこって新しい形態、そして新しい機能が生まれると考えることができる好例でしょう。
文献
1: Griffin, C. T. et al. (2022). Nature, Vol. 608, 346.
2: Esteve-Altava, B. et al. (2011). J. Anthropol. Sci. , Vol. 89, 175.
3: Rasskin-Gutman, D. and B. Esteve-Altava (2014). Biol. Theory, Vol. 9, 178. DOI:10.1007/s13752-014-0175-x.
4: Carrano, M. T. (2000). Paleobiology, Vol. 26, 489.
5: Iijima, M. and Kobayashi, Y. (2014). Paleobiology, Vol. 40, 608.
6: Felice, R. N. et al. (2019). Comp. Biol., Vol. 59, 371.
7: Lee, H. W. et al. (2020). Sci. Rep., Vol. 10, 16138.
8: Egawa, S. et al. (2018). R. Soc. Open Sci., Vol. 5, 180604.
文献1の掲載サイト:
Griffin, C. T. et al. (2022). “The developing bird pelvis passes through ancestral dinosaurian conditions” Nature, Vol. 608, 346.
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04982-w
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