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2022年6月20日月曜日

(50) 化石中の代謝の痕跡から体温内温性獲得の進化を探る

~恐竜と翼竜の共通先祖で始まった内温性の獲得、しかしその後、恐竜の一部は外温性に~


恐竜の体温~有羊膜類の進化(恐竜/鳥類+哺乳類への経路)における外温性/内温性  Ectotherm and endotherm in evolution



 [図中のシルエット] 青色:外温性 黄褐色~赤色:内温性(赤に近いほど代謝速度は高い)

哺乳類や鳥類の体温を安定に保つような進化はいつ始まったのでしょうか。
代謝による熱を体温に利用する内温性(endothermy)は現在の哺乳類や鳥類にみられる恒温性(homeothermy)の獲得の必要条件となるものです。内温化は変動する外気温への対応だけでなく、飛翔などの運動能力や育児などの習性の獲得と深い関係があると考えられています。

少なくともいくつかの恐竜が内温性であった可能性については話題13141516でも紹介しました。今回紹介する2022年5月に発表された論文(文献1)は、化石の中に残された代謝活動の痕跡に由来する化学物質からより広い分類レベルの個々の化石種が内温性であったのかどうかの判断をしようとするものです。
対象となったのは爬虫類、哺乳類を含む四肢動物の中のメインのグループです。胚が羊膜(amnion)という構造で包まれるため、有羊膜類(amniota)と呼ばれます。この研究から、恐竜/鳥類および哺乳類へ向かう有羊膜類進化の経路の中で、複数回、独立に内温化がおこった様子が導き出されました。さらに、恐竜の内温性は翼竜との共通先祖で生じ、中にはその後に内温性を失ったもの、すなわち外温性(ectothermy)に戻った恐竜もあるという結果です。


化石に残された代謝活動の痕跡

太古の生物の化石には、まれにタンパク質の一部が化学変化を受けて安定に保存されているらしいことが次第に明らかになってきました(話題32をご覧ください)。文献1の論文を発表した研究グループはその前に各種の動物の化石中の硬組織や柔組織から窒素、酸素、イオウの原子を含む特定の環状構造を持った、水に不溶性で微生物による分解にも耐える安定な性質をもつポリマー(鎖状の分子)を見つけています(文献2、3)。レーザー光線を用いたラマン分光分析(話題43をご覧ください)で特徴的な波長シフトのシグナルを示すこれらの物質は、ALE(advanced lipoxidation end-product、脂質過酸化最終産物)および、AGE(advanced glycation end-product、糖化最終産物)と呼ばれる一群の有機化合物で、タンパク質の鎖を形成するアミノ酸が脂質や糖と結合したものです。実は、ALEとAGEは酸素呼吸をおこなう細胞内の代謝によって生じるストレス物質(老化や病変と関連づけられることによる命名です)の一種としてよく知られています(文献4、5)。代謝の副産物とされているこれらの安定な化合物が化石化の初期にも生じるのです。どちらの場合にも、このタンパク質の化学変化をおこす反応性の高いカルボニル基という構造をもつ分子が生じるためです。したがって、化石から検出されるこれらの化合物は化石化の過程でできたものに加えて、生きていた時の代謝活動の痕跡分もあるということです。化石サンプルとその周辺の堆積物とは特徴的なスペクトルのパターンのために区別できるので、化石化した組織に外部から混じりこんだ有機物を検出しているのではないと判断されました。この結果を利用して、その動物が生きていた時の代謝活動の程度を推定し、外温性/内温性の区分けをおこなったのが文献1です。

代謝活動の痕跡から化石種の外温性/内温性を判定

成体の大腿骨に対象を絞り、現生動物および化石サンプルのラマンシフトのシグナルの中の2か所(一つはほとんどがALEによるもの、もう一つはALEとAGEによるもの)に注目しました。まず現生動物のサンプル群について、そのシグナル量をサンプル間で比較できるように補正してみると、動物の体重あたりの代謝速度(時間あたりの酸素消費量)との間に相関があることがわかりました。この関係から、シグナル量より代謝速度を計算上で推定することができるのです。いっぽう、化石サンプルからのシグナルには、生きていた時の代謝活動によるものとその後の化石化のプロセスによるものの両方が含まれています。そこでこの補正のため、一部の化石(鯨類や有袋類など)を選び、これと同じ分類群に属する現生動物の代謝速度と比較した結果を全ての化石サンプルからの代謝速度を求める過程に取り込みました。化石化で生じるこれらの化学変化の程度は最初の状況が酸化的であったかどうかに依存し、化石化に要した時間とその後に経過した時間の長さは影響しない(文献3)ので、この補正によって時代の異なる化石サンプル間でも比較ができるということになるからです。
最後に現生種の代謝速度と体重の関係をあらわした対数グラフに外温性、内温性を区別する境界線を導入し、これをもとに化石種の外温性/内温性の判定も入れた進化系統樹を作成しました。この記事の冒頭の図は30の化石種と25の現生種のデータを入れた文献1の結果を簡略化したもので、16の動物種のみ表示しました。

この図の中で、赤い三角マークがその経路で最初に内温化が始まったと考えられる箇所です(簡略化した図で全ての経路を示していません)。ただし、外温性/内温性の間の移行タイミングのパターンはこれ一つに確定されたわけではなく、得られたデータからはこれ以外のパターンも考えられることに注意です。しかし、いったん内温化が起こった後で外温性に戻った経路がいくつもあることは明らかです。代謝活動の程度の推定はこれまでにも話題14の例の他、化石となった組織の微細構造をもとに進化的観点から考察されており、系統樹のうえで内温性を獲得した進化経路もその後に一部外温性に戻りうるという考えは広く行きわたっていました(文献6、7、8、9)。
今回の研究では、代謝の結果生じた化合物の痕跡を定量的に検出するという新しいアプローチにより、次に紹介するような展開がありました。もちろん、この研究も代謝シグナル量と代謝速度に全般的な相関がみられたとはいえ、化石に残された情報をもとに推定する他の方法と同じく、サンプル数に限りがあります。これらの化合物生成にははまだ未解明の部分があることに加え(文献5)、同じ動物種でも年齢などの個体固有の代謝や化石化のサンプルごとの状況の違いは考慮する必要があります。


恐竜/鳥類の内温化は翼竜との共通先祖で始まった 

まず、恐竜全般について内温性のものが多くを占める中、恐竜の2大グループのうち、鳥盤類ではジュラ紀のステゴサウルス、白亜紀のトリケラトプスがそうですが、一部は明らかな外温性に戻っていました。しかし、内温性を保っていた鳥盤類もいたことから、動物食、植物食の違いによるものではないのです。また、翼竜の内温性も認められ、恐竜との共通先祖という早い時期に体温を高める代謝活動が活発になったとみられます。この時期の活発化によって、体が巨大化することによる体温の高温化(gigantothermyと呼ばれます;話題13)を経ることなく恒温性を身につけたことになります。2大グループのもう一つである竜盤類の中でも竜脚類ディプロドクスの仲間は今回のサンプルではとりわけ高い代謝活性をもっていたことが示されました。竜脚類は巨体による体温の保持だけでなく、活発な代謝をおこなっていたことの裏付けが得られました。獣脚類のティラノサウルスなどもそうですが、活発な代謝を維持するためにはその体に合った大量の食べ物が必要であったはずです。
現在のワニは外温性ですが、多くの酸素を送り出せる哺乳類、鳥類と同じような2心房2心室の心臓をもつことなどから、その先祖は内温性であったという見方が以前からあります(文献8、9、10)。
代謝活動の活発化は二足歩行、飛翔などのより高い運動能力の獲得に大きな役割を果たしたと考えられています。今回の結果ではプレシオサウルスという、”水中での羽ばたき”運動で海洋を泳ぎまわっていた胎生の大型爬虫類も、以前からその可能性があるとされてきた内温性に分類されたことが注目されます。イクチオサウルスやモササウルスも同様であろうと考えられます(文献9)。

内温化の起源はさらに古い?

一般には哺乳類にいたる進化と鳥類にいたる進化、それぞれの中で内温化は独立に始まったとされています。胎盤をもつ哺乳類での体温の発生に重要な働きをおこなう褐色脂肪組織(brown adipose tissue)はおそらく哺乳類進化のごく初期にあらわれたもので(文献11)、哺乳類でも有袋類とハリモグラやカモノハシのような単孔類、そして高い体温を維持できる鳥類にはみられません。この違いだけでなく、有羊膜類の内温性の発揮には生化学的、生理学的に異なったメカニズムがはたらいているケースが多くあります(文献6、9、12、13)。このため、内温性という言葉で一括りに取り扱えない場合があることは確かです(文献13)。内温性は昆虫や植物にもみられるのですから(文献6)。しかし、内温性の進化の背景にある生化学的メカニズムには哺乳類と鳥類に共通するものもあり、有羊膜類の内温性進化の起源はひとつであり、徐々に多様性が加わったのだろうともされています(文献9)。以下のような観点からも、内温化の起源はこの系統樹の赤い印で示されたものよりさらに古い可能性があります。
そもそも内温性とは、体温を高めて寒さに耐えることで獲得されたものというよりは、新しい行動の能力獲得のためには代謝が活発であるほうが都合がよく、その結果として体温も上昇して内温性に向かったのだという考えが広く受け入れられています(文献9、13、14、15、16)。体温維持にかかわるメカニズムがいろいろあるのもその反映かもしれません。そして内温性の獲得がまた新しい行動、習性にもつながるという循環を生み出したということです。もちろん、寒冷地域へのより素早い進出(文献17)もその循環の中のひとつです。ただし、高い代謝速度を維持するためにはそれなりのコストがかかります。状況によっては外温性に戻ることがあるのも当然と考えられます。


文献1の報告は代謝によってできた反応性が高い脂質や糖由来の分子とタンパク質が結合した代謝ストレス物質のシグナル量に注目し、その量が代謝速度と相関があることを現生の動物で示したうえで、外温性/内温性の区別を化石種に適応したものです。この化合物の生成、そして内温性維持のメカニズムなどにはまだわからないこともあるとはいえ、シグナル量と代謝速度に相関がみられたことはこの手法を使った研究の拡大への期待を抱かせてくれます。
代謝速度をそのまま内温性のレベルの判断に使うには限界もありえます。両者の関係は外界への熱の伝導性という体の構造だけでなく、行動、習性に特異的な生理機能にも左右されることがあるからです(文献9、16)(後者の場合(オオトカゲの1種にみられる大きな獲物の消化時に代謝の活発化が体温にあまり影響しないという例)も結局は外界への熱の伝わり方の一時的な調整なのでしょう)。このことを前提に、外温性/内温性のこのような区分けが有羊膜類の動物全体に使えるならば大きな進展です。

文献
1: Wiemann, J. et al. (2022). Nature, Vol. 606, 522.
2: Wiemann, J. et al. (2018). Nat. Commun., Vol.9, 4741.
3: Wiemann, J. et al. (2020). Sci. Adv., Vol. 6, eaba6883.
4: Miyata, T. et al. (2000). J. Am. Soc. Nephrol., Vol. 11, 1744.
5: Vistoli, G. et al. (2013). Free Radic. Res., Vol. 47, 3.
6: Grigg, G. C., et al. (2004). Physiol. Biochem. Zool., Vol. 77, 982.
7: Legendre, L. J. et al. (2016). Syst. Biol., Vol. 65, 989.
8: Benton, M. J. (2020). Gondwana Res., Vol. 100, 261.
9: Grigg, G. et al., (2022). Biol. Rev., Vol. 97, 766.
10: Seymour, R. S. et al. (2004). Physiol. Biochem. Zool., Vol. 77, 1051.
11: Cannon, B. and J. Nedergaard (2004). Physiol. Rev., Vol. 87, 277.
12: Walter, I. and F. Seebacher (2009). J. Exp. Biol., Vol. 212, 2328.
13: Legendre, L. and D. Davesne (2020). Phil. Trans. R. Soc. B. 375, 20190136. 
14: Bennett, A. F. and J. A. Ruben (1979). Science, Vol. 206.
15: Nespolo, R. F. et al. (2017). Am. Nat., Vol. 189, 13.
16: Bennett, A. F. et al. (2000). Evolution, Vol. 54, 1768.
17: Rolland, J. et al., (2018). Nat. Ecol. Evol., Vol. 2, 459.

文献1アクセス先:
Jasmina Wiemann, J. et al. (2022). Nature Vol.606, 522.  "Fossil biomolecules reveal an avian metabolism in the ancestral dinosaur"
DOI: 10.1038/s41586-022-04770-6
  https://www.nature.com/articles/s41586-022-04770-6

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