恐竜は様々な環境に適応した結果、その形態はきわめて多様性に富むようになりました。その中から今回は奇妙な体の形や習性の小型恐竜を3種紹介します。
コウモリのような前肢をもつイー
最初は2015年に発表されたイー(学名はYi qi(イー チー)と大変短い)です(文献1)。中国河北省(かほくしょう)で農夫によって見つけられた推定体重380グラム、頭骨の大きさが5センチメートル程度の成体の化石は、ジュラ紀に棲息していた獣脚類のものでした。獣脚類の中のマニラプトル類(Maniraptora)のメンバーですが、より鳥類に近い原鳥類(Paraves)に属します。
この化石の頭部付近はもとの立体構造をよく反映しているのですが、その他の部分は残念ながら平面的に押しつぶされた形となっていて、体全体の姿を十分には再現できません。
注目されたのはその大きな前肢です。3本の指の中で最も後方の指(前肢の指については話題22参照)が著しく伸びています。さらに奇妙なのは手首から長く伸びている一見指のような、しかしそれは構造からして指ではなく、1本の硬骨(または軟骨、その他の組織が石灰化したもの)です。考えられる前肢の3形態をあらわした下図ではこの構造物を赤線で表示しています。根元がどのように手首につながっていたのか、その正確な位置も、そこから伸びていた方向も、そしてどのような動きをするのかも、この標本からは不明なのですが、周囲には膜状の柔組織が認められました。この長い骨や指の間には膜があったようです。
形や伸びている向きには違いがあるものの、指以外の棒状の構造物はコウモリの足首、翼竜や日本のムササビの手首にもあり、いずれも翼や飛膜の形成にあずかっています。この論文の著者はこれらにstyliform elementという総称を与えています。styliformは先端が尖った細長い形状を意味し、昆虫などの体の部位の名称にも使われている単語です。獣脚類では初めての報告です。
このようなことから、膜をもつイーの大きな前脚は飛翔との関連を想起させます。今回の発見は恐竜の進化の中で鳥類の翼とは別の形で飛翔に挑んだことがあったことを示すということをこの論文は強調しています。翼面荷重(単位当たり面積にかかる重量)については空気力学的に翼として機能しうるという推定値が得られています。しかし、イーには十分な羽ばたき運動ができる骨格の構造がみあたりません。尾部が上に跳ね上がっているかどうかもわかりません。また、滑空だけをおこなうにしても、重心が後方すぎるということから、イーが飛翔能力を獲得していた可能性を強く支持する証拠は今のところはなさそうです(文献2)。仮に飛翔能力がなかったとしても、かなりそれに近いところまで進化しているのは確かです。そして少なくとも仲間同士のデモンストレーションや外敵に対する威嚇には十分使えそうな目立つ構造です。
なお、体の羽毛部分は明確に残されており、この羽毛や前肢の膜からはメラニン色素による体色を生み出すメラノソーム(話題8)と思われる微細構造物が見つかっています。
かぎ爪をもちながら水鳥のような姿のハルシュカラプトル
イーの化石は発見者の農夫から研究者の手に渡り、発見場所の岩石成分との照合も確認されたものでしたが、続いて紹介するハルシュカラプトル(学名Halszkaraptor escuilliei)(文献3)の化石はモンゴル内で不法に掘り出された後、国外に持ち出されていたものです。部分的にクリーニングされた状態で日本や英国を移動したとされており、2015年にフランスの化石ディラーを通してベルギー王立自然史博物館に移された後、モンゴルに返還され、現在はモンゴル科学アカデミーの研究所の所蔵となっています。もとの発見場所はモンゴルのウハートルゴド(Ukhaa Tolgod)という記載がついていた化石です。白亜紀後期の化石が豊富に眠っていることで注目され、盗掘のターゲットにもなっている場所ですが、ここを発見場所とするこの記載が正しいかどうかの保証はありません(文献3)。
公的機関による研究ができるようになり、その成果が発表されたのは2017年の終わりでした。露出しているのは体の左側の部分だけで残りは岩石に埋もれたままの状態です。フランスにある欧州シンクロトロン放射光研究所の加速器によって得られるX線を照射し、標本の内部構造が調べられました。先に紹介したイーも一部、X線照射による調査がおこなわれたのですが、ここで用いられた線源は非常に強力なものです。
ほぼ全身の骨格がそろった素晴らしい化石で、接着剤や石膏で手を加えた跡が少しあったのですが、他の個体の一部が混ざったものではないことが確認できています。長い首をもたげての高さが50センチメートル程度の大きさではあるものの、成体にちかい若い個体と判定されました。
イーと同じく、マニラプトル類、原鳥類の恐竜ですが、その中でもディノニクスやベロキラプトルが属するドロマエオサウルス類のメンバーです。そのかぎ爪をもつ後脚の形は陸上歩行をしていたことを示唆します。しかし、体の他の部分には奇妙な特徴があり、この恐竜が半水棲で魚食であったのではないかと推測されました。アヒルのような口先とその口先にいくほど増えるギザギザのない数多くの歯。口先から尾の付け根までの長さの半分を占める大変長い首。遊泳中の首や尾の運動を可能にすると思われる骨の構造や水面に出して息をする際に便利となる後退した鼻の穴。横断面が楕円形の腕の骨などです。腕と胸の骨の形態の特徴は翼で水中を進むペンギンの仲間にも通じることが鳥類との比較からわかりました。地上では後脚2本で歩き、水中では前脚で水をかき、長い首を使って獲物を捕らえるという生活をしていたと想像することができます。ただし、どこまで泳ぎが達者であったかはわかりません。
半水棲であった可能性はスピノサウルスでも示されています(話題18)が、ハルシュカラプトルはかぎ爪と長い尾とともに水鳥のよう形態もあわせ持つという、これまでにない姿の恐竜です。
巣穴を掘って暮らすオリクトドロメウス
最後は地中に穴を掘り、そこで家族で暮らす恐竜がいたことを示す化石が見つかったという話題です。
獣脚類や竜脚類が地面をくぼんだ形に掘って巣をつくることはよく知られていますが、この小型恐竜は本格的な穴掘りをおこない、狭い通路が伸びる巣穴を作っていたのです。このような例は恐竜では初めてです。
この報告は2007年に遡ります(文献4)。
内部が砂岩により埋め尽されたチューブ構造の動物の巣穴の化石が米国モンタナ州の白亜紀の地層から掘り出されました。この砂岩の中には複数の恐竜の骨格の化石が含まれていたという発見が続きます。
化石として残された穴の長さは2メートルと少し。直径は30数センチメートルですが、もとはもう少し幅があったと推定されます。穴は途中で水平に直角に折れ曲がった部分が2か所あり、末端は少しだけ広がっていました。
その穴内部を埋めていた砂岩の中から見つかったのはオリクトドロメウス(学名Oryctodromeus cubicularis)という鳥盤類の小型恐竜。骨格は全部で3体、うち1体は成体、2体は若い個体のものでした。体全体と比べて不釣り合いに大きな肩甲骨、頑丈な骨盤、強固な鼻先が特徴です。骨格から推定する成体の胴体の幅は30センチメートル弱。体長は約2.1メートルで、尾がそのほぼ半分を占めます。
成体の胴体のサイズが穴の幅より少し小さいこと、そして穴の途中の2か所の曲がり角の間隔が約70センチメートルであることから、見つかった骨格はこの穴の住人のものとしてはぴったりのサイズです。現生の哺乳類のシマハイエナなどが四つ足で立ち上がった背丈よりも小さな直径の穴を巣とすることが知られています(文献4)。
これら骨格には歯による傷がないので、食物として穴に持ち込まれた獲物ではなかったようです。また、一般に巣穴に住む動物の中には居候(いそうろう)や使われなくなった巣を利用するものも多いのですが、穴堀りに適していたと思われる体つきと穴のサイズからみて、この巣穴はオリクトドロメウス自らが作ったものと考えられます。3体の骨格は親子のものと推測され、家族での巣穴生活を営んでいたことになります。そこにおそらく突然に土砂が穴の内部に入り込むような出来事があり、住人はそのまま保存状態のよい化石となったのだろうということが想像されています。大変稀な経緯を経た結果に得られた化石です。
形、サイズがこのオリクトドロメウスの巣穴と非常によく似た穴がその後に南半球オーストラリアの南端、ビクトリア州で複数発見されています(文献5)。小型恐竜にとって巣穴住まいは捕食者から身を隠すだけでなく、寒さへの対処としても有効であったでしょう。
これより大きなサイズの巣であったと考えられる穴の化石もいくつも見つかっており、さらに古い古生代の頃から穴掘りの習性をもつ陸上の脊椎動物がいた形跡も報告されています(文献6)。残念ながら、穴の住人が同時に見つかることはいずれもなかったのですが。
オリクトドロメウスに近い恐竜としては、その後に韓国で見つかったコリアノサウルス(学名Koreanosaurus boseongensis)が知られています(文献7)。前脚で穴を掘るのに必要な筋肉を付着する部分が発達しているところはオリクトドロメウスと同様で、この恐竜もやはり巣穴をつくっていたと思われています。
大型恐竜に比べると化石として残りにくい小型恐竜。それでも数々の保存状態のよい標本が発見されるにつれ、環境に巧みに適応したさまざまな姿が次第に明らかになり、彼等の多彩な生態を考察してみることが可能になってきました。
文献1:Xu, X. et al. (2015). Nature, Vol. 521, 70.
文献2:Padian, K. (2015). Nature, Vol. 521, 40.
文献3:Cau, A. et al. (2017). Nature, Vol. 552, 395.
文献4:Varricchio, D. J. et al. (2007). Proc. R. Soc. Lond. B Vol. 274, 1361.
文献5:Martin, A. J. (2009). Cretaceous Res., Vol. 30, 1223.
文献6:Loope, D.B.(2006). J. Geology, Vol. 114, 752.
文献7:Huh, M. et al. (2011). N. Jb. Geol. Paläont. Abh., Vol. 259, 1.
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