恐竜の話題(論文紹介): (5) 育児恐竜【詳細版】その2

2015年9月8日火曜日

(5) 育児恐竜【詳細版】その2





オスが育児に参加していた可能性について


オスが熱心に子育てするのは昆虫や魚でもみられますが、高等脊椎動物の鳥類がやはり目立ちます。オスが育児に関与する種は哺乳類では全体の5%程度、しかし鳥類では80%以上(文献1、2)、そして大抵はオス、メス共同なのですが、ダチョウやエミューのような古顎類(Palaeognathae)はオスが育児の中心になります。その中でも特にエミューのオス単独による、抱卵から幼鳥が独り立ちするまでの献身的な子育てはとても印象的です。
では鳥類の先祖である恐竜はどうであったか?

この問題についても化石の構造を詳細に調べることで手掛かりを得ようとした研究があります。対象となったのは巣とともに化石となった成体の骨でした。


鳥類の大腿骨

卵の殻の形成には多量のカルシウムが必要であり、これは母体の骨から供給されます。鳥類では産卵期のメスに限り、大腿骨などの主要な骨の皮質(骨の表面に面する最も強固な層)内側に骨髄骨と呼ばれる構造が沈着します。卵の殻の形成にあたっては、骨の皮質部分からだけではなく、骨髄骨から多量のカルシウムが供給されるのです(文献3)。爬虫類では恐竜に近いワニにおいては、この構造物は認められていません(文献4)。
さて2005年のことですが、骨髄骨が竜盤竜のティラノサウルスにあるという報告がありました(文献5)。続いて同じく竜盤類のアロサウルス、そして鳥盤類のテノントサウルスにもその存在が認められました(文献6)。その後、古代の鳥類である孔子鳥にも骨髄骨があることがわかり(文献7)、骨髄骨は恐竜が進化する中でできるようになり、鳥類に受け継がれたということになりました。恐竜の骨の化石に骨髄骨があれば、その個体は産卵期のメスであったと推測できるというわけです。
2008年になってからモンタナ州立大のVarricchioらは産卵後の卵と一緒に化石化した個体には骨髄骨が認められず、また骨成分の吸収による空洞化の後もほとんどないという観察から、これらはオスである可能性が高いという報告をおこなっています(文献8)。
さらに彼等のこの論文の中心を成しているのは、巣あたりの卵総数の体積(卵1個当たりの体積 X 巣あたりの卵の個数)と成体の体重の関係を ①ワニ、そして ②メスが育児をおこなう鳥類、③オスが育児をおこなう鳥類、④オスメス共同で育児をおこなう鳥類の4つのグループのいくつもの種について調べた結果です。成体の体が重くなる種ほど巣ひとつあたりに産卵する卵総数の体積は増加するのですが、オスが育児をおこなう鳥類は他のグループに比べると、より卵総数の体積が増える傾向があるという結論を出しました。そして鳥類に近い恐竜であるトロオドン、オビラプトル、そしてシチパチはこのオス育児型グループの示す体重と卵総数の体積の分布パターンにあてはまるというのです。ここから現代の鳥類にみられるオスによる育児は恐竜に起源があるという結果を出したのです (文献8)。
これはイクメン恐竜がいたということで話題をさらった報告でした。しかし、2013年にはLincoln大のDeemingの研究グループが、よりサンプル数を増やし、また文献8でのサンプルの取扱いで不適切と思われる箇所を修正したうえで、巣あたりの卵の総数の体積ではなく、重量でもって解析をおこないました。その結果は鳥類のオス、メスどちらによる育児でも分布に違いはみられないというもので、メスではなく、もっぱらオスによる育児がトロオドンなどでおこなわれたことを示す証拠はこのような解析からは得られなかったと結論づけたのです(文献9)。
結局、骨の化石の調査から少なくともある種の恐竜のオスは育児に参加していた可能性はあるかもしれないのですが、その決め手となる証拠はまだ不十分であり、オスの育児参加の程度についてまで議論できるような手掛かりの発見は持越しとなったようです。



文献1:Lack, D. Ecological adaptations for breeding in birds. In Chapman & Hall 1968 London, UK, Chapman & Hall.
文献2:PrCockburn, A (2006). Proceedings of the Royal Society B Vol.273: 1375.
文献3:Dacke, C. G. et al. (1993). J. Exp. Biol. Vol.184, 63.
文献4:Schweitzer, M. H. et al. (2007). Bone Vol.40, 1152.
文献5:Schweitzer, M. H. et al. (2005). Science Vol.308, 1456.
文献6:Lee, A. H. and S. Werning (2008). PNAS Vol.105, 582.
文献7:Chinsamy, A. et al. (2013). Nature Communications Vol. 4, 1381.
文献8:Varricchio, D. J. et al. (2008). Science Vol. 322, 1826.
文献9:Birchard, G. F. et al. (2013). Biol. Lett. Vol. 9, 20130036; DOI: 10.1098/rsbl.2013.0036.



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