骨の内部構造から推定した始祖鳥の飛翔能力 ~短距離飛行の鳥類に似た特徴
始祖鳥(アーケオプテリクス、Archaeopteryx)は飛翔、すなわち羽ばたいて飛ぶことが可能であったのか? 翼の骨の内部構造の詳細を観察した結果、始祖鳥は現生の鳥類の中で、短距離を飛翔するキジやロードランナー(ミチバシリ)と同じような構造上の特徴をもつことがわかりました(文献1)。始祖鳥の飛行は樹上からの飛び降りに続く滑空が中心であったのかもしれないと一部では考えられていたのですが、自らの羽ばたきによって空中に飛び上がることができたのではないかということを示唆しています。もし、そうだとすると、その羽ばたきの様子は現生鳥類とは違っていたはずです。
飛行パターンと翼の骨の内部構造の関係
現生鳥類は種類ごとに様々な飛行能力をもっています。絶えず羽ばたくもの、気流をとらえての滑空(滑翔(かっしょう))が得意なものなど、飛行パターンの違いがあります。飛行中の能力に加え、飛行開始の技にもいろいろなものがみられます。その場から直ちに空中に舞い上がるもの、助走して飛び上がるもの、それぞれの行動パターンに対応した翼の形のバリエーションがあります。中には飛ぶことをすっかりやめたものや、翼を使って水中を素早く泳ぎ回るものもいます。
動物の四肢にある大きな骨は長骨と呼ばれ、その動物の運動のスタイルを反映した形となっています。表面の硬い皮質で囲まれた内部にはやわらかい髄質があります。鳥類の長骨の中でも翼(前肢)の上腕骨と尺骨(図1参照)の内部のそのような構造は飛翔パターンと明らかな関係があるということがわかっていました(文献2、3、4)。特に表面の固い皮質部分が薄くなっていることが、翼の動きの中で生じるねじりの力をこなすのに都合がよいとみられています(文献3, 4)。
[ 図1] ハトと始祖鳥の骨格の比較
叉骨と烏口骨はそれぞれ赤色と黄色で示してあります
叉骨と烏口骨はそれぞれ赤色と黄色で示してあります
文献1の研究は上腕骨と尺骨の内部の微細な構造に着目しました。対象となったのは3種の始祖鳥の標本を含むワニ、非鳥類恐竜、鳥類の分類グループである主竜類の69種です。この中には2足歩行の獣脚類であるアロサウルス(Allosaurus)、コンプソグナトゥス(Compsognathus)、ディノニクス(Deinonychus)アウストラロヴェナトル(Australovenator)、そして四足歩行もおこなっていたと思われる鳥脚類恐竜のテノントサウルス(Tenontosaurus)の標本が使われました。さらに主竜類の中で恐竜から鳥類への進化とは別に飛翔能力を獲得することになった翼竜2種も対象となっています。
化石標本を傷つけることなく内部を観察
一般に始祖鳥のような小柄な体の化石は骨格部分だけをまるまる掘り出せるのではなく、周囲の岩石に囲まれた形の標本となります。始祖鳥の骨格の周囲には羽毛構造も残っています。貴重な標本ですから、破壊をともなう内部構造の観察はためらわれます。そこで前回の話題(話題40)で紹介した研究でも活躍したフランスのグルノーブルにある欧州シンクロトロン放射光研究所の加速器を使ったX線断層撮影技術がここでも威力を発揮しました。
この技術は位相コントラスト・シンクロトロンX線微小断層撮影法 (Phase-Contrast Synchrotron X-Ray Microtomography(PPC-SRμCT))と呼ばれ、特定の波長に絞った強力なX線を照射することにより、サンプル内部の微細構造を明確にみることができます(文献5)。近年、画像解像度が1~100μmにまで達するようになりました。ミネラル化によってもとの成分が置き換わり、構造物間のコントラストの違いがわかりにくい化石の内部を調べる場合にも大変強力な武器となっています。
始祖鳥は短距離飛行型の鳥類と似た骨内部構造の特徴をもつ
髄質に対する相対的な骨皮質の厚さは飛翔能力をもつ鳥類では小さく、飛ばない鳥類を含めた他の主竜類では増す傾向があります。このような分布の中で、始祖鳥は飛翔能力のある鳥類の平均的な値を示しました。一方、骨の長軸のまわりのねじりに対する強度(体重当たりに換算)は飛翔能力のある鳥類と非鳥類恐竜で高くなり、始祖鳥と飛ばない鳥類は低くなる傾向が得られました。また、飛翔する鳥類の中でも、飛行中に一時的に翼を折りたたんで弾丸のように進むタイプのものも低くなります。
注目すべきは2種の翼竜です。尾の長いジュラ紀後期のランフォリンクス(Rhamphorhynchus)では低かった推定ねじり抵抗値が、より飛翔能力に優れた白亜紀の尾の短いブラジレオダクティルス (Brasileodactylus)になると際立って高くなっていました。サンプル例としてはまだ数が少ないのですが、飛翔能力と骨の強度にかんする内部構造との関係の中には、鳥類とは異なる翼の形や飛行方法をもつ翼竜にもあてはまるものがあるようです。
各動物種の系統関係も考慮した、これらのデータの分散をもたらす主な成分を軸とした散布図を作ることにより、始祖鳥は主竜類の中で飛行可能なグループに含まれることが明らかとなりました。このグループ内では、クジャク、ミチバシリ(ロードランナー)、ウズラ、キジなどの短距離飛行をおこなう鳥類に近い分散パターンです。
なお、始祖鳥の骨は変温の爬虫類に似た構造だという報告(文献6)がありましたが、今回の骨皮質の高い血管密度からは、始祖鳥の代謝が活発であったということがうかがえます。
飛翔するにはとても貧弱にみえる始祖鳥の骨格の形態
始祖鳥は地上を走る際に翼を羽ばたけば、空に舞い上がることができるという計算結果を出した論文もありました(文献7)。しかし、一方で始祖鳥は羽ばたき飛行ができないのではないかという説が、おもに現生鳥類との骨格構造の比較(文献8~14)をもとに出されていました。現生鳥類には大きな胸骨があります。その突起部分(竜骨突起)は翼の躍動に必要な胸の筋肉がつく部位です。始祖鳥は胸骨が小さく、硬骨化した突起が認められません。竜骨突起は飛ばない鳥類であるダチョウやキーウィにも見あたりません(図1参照)。また、始祖鳥では翼の基部にある烏口骨(うこうこつ;図1参照)に付着する筋肉が翼の引き上げができるように配置できないということがあります。上腕骨の高速回転に必要なこの機能は現生鳥類の活発な羽ばたきに必須です。さらに、鳥類の叉骨(さこつ)は左右の鎖骨(さこつ)が融合したもので、肩や胸を頑丈にするだけでなく、振り下ろした翼を引き上げるときにバネの役割も果たします(文献9)。叉骨は始祖鳥だけでなく、ティラノサウルスやディノニクスなどにもあるのですが、いずれもそのような機能を果たせる大きさ、形ではありません。関節の配置からも、始祖鳥は自分の背中よりも上に翼を持ち上げることができなかったのではないかと考えられました。
始祖鳥の羽毛をもった外観の再現図はいかにも空を飛びそうな気配を醸し出します。しかし、その骨格の配置や頑丈さを現生鳥類と比較すると、飛翔するには大変貧弱にみえます。始祖鳥はカラスよりも小さく、ハトよりはやや大きいくらいです(文献14)。今回対象となった個体の推定体重は159g、254g、および456g。これらはまだ若い個体ではないかと考えられてもいますが、カラスやハトははるかに立派な肩や胸の骨格をもっています。
始祖鳥の羽ばたき方は現生鳥類とは違っていた?
文献1の著者たちは今回得られた結果は始祖鳥が羽ばたいて飛び上がることができたことを支持する、これまでにない有力な証拠となると考えています。骨格構造にかかわる問題については、始祖鳥が現生鳥類とは違った方法の羽ばたきをおこなっていた可能性を挙げています。翼の上下動が中心の現生鳥類とは異なり、始祖鳥は例えば翼を持ち上げる際にはそれほど高くならなくとも、より前方に引き上げ、これを後方に押し下げるというストロークが可能であったのではと推測しているのです。このようなストロークであれば、離陸地点からはあまり高度を上げない飛行になると思われます。
羽毛の羽弁が羽軸に対して非対称であれば空力特性が高まります。始祖鳥の羽弁は非対称です。しかし、それだけではその持ち主が飛翔なり、滑空なりの飛行ができたことに直結しないと考えられています(文献15、16)。現生鳥類にいたる羽毛の形態にはさらに進化が必要で、非対称な羽弁をもっていたとはいえ、中生代の古代鳥はまだ高度な飛翔能力に対応していなかった可能性があります(文献12、15)。羽毛の形態変化とともに、現生鳥類の羽ばたきの様式の出現にも思いのほか時間がかかったのかもしれません。
今回の骨の構造から得られた結論は、同じような特徴をもつ現生鳥類の運動様式から推定して導いています。短尾と長尾の2種の翼竜にもうまく当てはまっているため、骨の構造と機能の進化における一般性が高く、説得力があります。しかし、羽ばたきによって離陸できたことを証明したわけではありません。始祖鳥ではどのような筋肉がどのように骨格につき、翼を動かしていたのか、その運動の機構が説明できない以上、今回の結果を考慮しても、始祖鳥の飛翔についてはまだ確定的なことはいえそうにありません。
現生鳥類は始祖鳥から進化したわけではありません。始祖鳥出現の前に、すでに別に分岐していた進化の経路が現在の鳥類につながっているのです。始祖鳥も、そしてエナンティオルニス類に属する古代鳥も、その先の経路は絶えてしまいました。ジュラ紀後期の始祖鳥に飛翔能力が備わっていたということであれば、この時期以前にも様々な試みをとおして羽ばたきによって飛び上がることができるようになった他の非鳥類恐竜がすでにいた可能性もあります。例えば、羽ばたきが重要な役割を果たしていたかどうかは不明ですが、ミクロラプトル(Microraptor)は何らかの飛行能力があってよいと考えられる条件を備えています(文献12)。前回の話題で紹介したイー(話題40)はコウモリの翼のような膜構造をもっていました。イーが飛翔可能であったかどうかはわからないのですが、主竜類の中で飛行につながるような進化がいろいろと試されていたのです。
文献1:Voeten, D. F. A. E. et al. (2018). Nat. Commun. Vol. 9, doi: 10.1038/s41467-018-03296-8.
文献2:De Margerie et al. (2005). Anat. Rec. Part A, Vol. 282A, 49.
文献3:Simons, E. L. R. et al (2011). J. Morphol. 272, 958.
文献4:Sullivan, T. N. et al (2017). Materials Today, Vol. 20, 377.
文献5:Tafforeau, P. et al. (2006). Appl. Phys. A., Vol. 83, 195.
文献6:Erickson, G. M. et al. (2009). PLoS ONE, Vol. 4, e7390.
文献7:Burgers, P. and Chiappe, L. M. (1999). Nature, Vol. 399, 60.
文献8:Olson, S. L. and A. Feduccia (1979). Nature, Vol. 278, 247.
文献9:Jenkins F. A. et al. (1988). Science, Vol. 241, 1495.
文献10:Poore, S. O. et al. (1997). Nature, Vol. 387, 799–802.
文献11:Jenkins, F. A. (1993). Am. J. Sci., Vol. 293A, 253.
文献12:Senter, P. (2006). Acta. Palaeontol. Pol., Vol. 51, 305.
文献13:Close, R. A. and E. J. Rayfield (2012). PLoS ONE, Vol. 7, e36664.
文献14:Bock, W. J. (2013). Paleontol. J., Vol. 47, 1236.
文献15:Feo, T. J. et al. (2015). Proc. R. Soc. B, 282: 20142864.
文献16:Dececchi, T. A. et al. (2016). Peer J., Vol.4, e2159.
Copyright © Ittoriki