恐竜の化石からコラーゲンなどのタンパク質のアミノ酸配列 --- 本当に恐竜由来?
恐竜の化石標本から得られたタンパク質のアミノ酸配列の断片。これが本当に恐竜由来のものなのか、2007年の最初の発表以来、議論を呼んできました。
羽毛恐竜の化石から生体物質のメラニンの化学成分が検出され、その体色の推定の裏付けとなっていることを 話題8で紹介しました。今回は、中生代という太古からの化石に残っていることはないと最近まで思われてきた生体高分子のタンパク質に潜む情報に迫る話題です。
タンパク質は20種類のアミノ酸(これらのアミノ酸が修飾をうける場合もあります)が直線状につながったもの(ペプチド(長いものはポリペプチドと呼ばれます))からなっています。もしも確かなアミノ酸配列の情報が得られれば、そこには現存生物のデータと比較できる分子の進化の跡が残っているはずです。
ティラノサウルスの化石標本から得られたコラーゲンのアミノ酸配列
米国モンタナ州の砂岩の中で見つかった保存状態のよいティラノサウルス(Tyrannosaurus rex)の化石は6800万年前のものでしたが、その大腿骨内部には弾力性に富む部分が残されており、血管や突起をもつ細胞ではないかと思われる構造物が観察できました(文献1)。2005年の論文でした。
2007年には、ここにタンパク質のコラーゲン(collagen)が存在しているとする報告が続きます(文献2)。構造物表面の超微細形体を調べることのできる原子間力顕微鏡で観察された繰り返し構造がコラーゲンの線維によるものかもしれないと推測され、ニワトリのコラーゲンに対する抗体への結合も認められました。これだけでは、しかし、証拠としては非常に弱いものです。そこで、この論文では化石からの抽出物を質量分析器にかけ、コラーゲンα1 タイプI に特徴的な成分アミノ酸量の比がみられたことを報告しています。
次に同時掲載の同じ研究グループによる論文(文献3)ではティラノサウルスだけでなく、16~60万年前のマストドン(Mammut americanum、ゾウの仲間です)の化石も使い、いよいよアミノ酸配列の決定を試みました。限定されたアミノ酸配列箇所を切断するタンパク質分解酵素のトリプシンで分解したサンプルを質量分析器にかけます。分析器によりさらに破壊されて生じたいろんな種類のイオン化された分子を特有のスペクトルパターンとして検出し、サンプル毎のパターンを配列データベースから検索、確からしい配列を決定します。その結果、ティラノサウルス、マストドン、それぞれのサンプルから得られたものはコラーゲンの断片とされるいくつかのアミノ酸配列でした。
これらの結果に対して、その信憑性を問うコメントが同じ学術雑誌に出されました(文献4、5)。化石の中の極めて少量のペプチド鎖の情報を得たというものの、その化石となった恐竜由来のものかどうかが疑わしいという意見です。化石に混在した他の生物由来のペプチド鎖でないという点において、示されたデータが十分説得力のあるものではないと思われたからです。アミノ酸配列の確定に不確実なところがある中、紛れ込んできた多くのペプチドの短い断片の情報から都合のよいものだけを選んでしまえば、それらしいものにヒットするのは確率的にもありうるというわけです。実際、文献2の論文著者達も、自ら発表したアミノ酸配列の中には有意性がないものがあると後になって述べています(文献6)。
中生代の恐竜のタンパク質の配列がわかるなどとはにわかには信じがたいという意見の背景には、なんといっても、タンパク質を構成しているペプチドが何千万年もの後にごくわずかでも残っていること自体ありえないと一般には考えられていたことがあります(文献4)。まず大きな驚きがあり、そして何かの間違いではないかとの疑いの眼をもってこの結果がみられても無理ありません。化石中の柔組織様の構造は微生物の繁殖によってもできるという報告(文献7)もあり、より広範で詳細な実験が求められました。
カモノハシ竜ブラキロフォサウルスの標本からもコラーゲンのアミノ酸配列が
そこで同じ研究チームがアミノ酸配列決定のためのティラノサウルスに続く恐竜として選んだのがハドロサウルス類のブラキロフォサウルス(Brachylophosaurus canadensis)(文献8)。2009年の報告です。モンタナ州の先ほどのティラノサウルスとは別の場所の砂岩中に見つかった8000万年前のこの恐竜の大腿骨は分析のために慎重に処理されました。骨内部の微細構造の観察、抗体を用いた実験もより詳細におこなわれ、またペプチドの鎖を形成するアミド結合も検出しています。そして、ここでは6つのコラーゲンαタイプI、2つのコラーゲンαタイプIIに分類できるアミノ酸配列の断片が得られました。
その後、2017年が明けてすぐに出た報告が、同じブラキロフォサウルスの化石を使って再現性を確かめた結果です(文献9)。最新の質量分析器とできるだけ清浄度の高い環境を用意、別々の施設での処理による確認をおこなっています。最初のティラノサウルスの化石からのアミノ酸配列の報告から10年が経ちました。
検出した全ての配列が公開されています。質量分析器はきわめて微量の分子を検出できるので、サンプルの分解に用いた酵素のトリプシンの他、ヒトの皮膚由来のタンパク質(ケラチンなど)、カビやバクテリア由来のペプチドの配列も含まれていますが、これらは配列が確実に既知のものであるので、サンプルに混在したものとしてデータから除いてゆきます。最終的に5つのコラーゲンαタイプI、3つのコラーゲンαタイプIIの配列が得られました。注目すべきはタイプIの配列のうち、2つは2009年に発表したものと同一ということです。異なる条件下で再現性が確認できました。
また、2007年の最初の配列発表以降、ワニの全ゲノムも解読されるなど、系統関係を調べるためのデータバンクもより充実しました。コラーゲン分子の系統関係をみると、ティラノサウルス、ブラキロフォサウルス、どちらのサンプルから得られた配列も主竜類(ワニ、鳥類のグループで、恐竜も含まれます)に位置することが前回までのデータをもとに報告されていました。今回のブラキロフォサウルスの最新の配列は主竜類の中でもワニのコラーゲンに最も近いという結果、そして前回の2009年のデータと合わせるならば、ワニよりも鳥類のものに近いという結果が得られました(文献9)。これは一般に受け入れられている進化の系統関係に合うだけでなく、主竜類のペプチドが紛れ込んできたのでない限り、配列がもとの化石となった恐竜のコラーゲン由来であることを支持するものです。
アミノ酸配列はこれまでの予想をはるかに超える長い年代の間保存される?
コラーゲンは骨に限らず動物の体に非常に多く含まれるタンパク質です。それでも中生代の恐竜という、数千万年前の生物のタンパク質が限られた断片としても残っていたのならば、本当に驚きです。ただ、これまでのタンパク質が分解してゆく速度についてのデータは実験室での厳しい条件下で得られたもので、実際に非常に長い年月の間に、いろんなタンパク質がいろんな状況下でどうなってゆくかを調べることはできていません(文献10)。
コラーゲン分子のペプチド鎖の基本的なアミノ酸の並びはG-X-Y(Gはグリシン;XとYはそれ以外のアミノ酸で、Xにはプロリンが入ることが多く、Yに入ったプロリンは修飾されてヒドロキシプロリンとなる)という配列の繰り返しです。この長い鎖が3重に寄り合って束を形成します(この記事の最初の図では、3本の鎖を赤、緑、青で表示)。この束がさらに段階を経て集合し、コラーゲンの繊維を形づくります。こうした何層かにわたる構造のためにこのタンパク質がもともと安定であることは知られていました。これに加えて、周囲のミネラル化などがもたらす非常に長い期間における安定化にかかわる何らかのタンパク質分子の変化が分子の保存に重要ではないかということが近年になっていくつも報告されてきています(文献10)。文献8では化石中に残っているタンパク質のうちの多くが何かと架橋したり、修飾を受けている形跡があり、こうした変化のためにアミノ酸配列の決定ができない(現状の配列データバンクとそのままでは照合できないことも含まれます)状態にもなっている可能性があることに触れています。
ティラノサウルスとブラキロフォサウルスの両者から得られたアミノ酸配列はコラーゲン分子の中でいくつかの共通した箇所に位置する傾向がみられ、また他の因子と相互作用する箇所にも重なっているところがあります(文献10)。配列が検出できた部分は、分子の構造や機能に関連したいくつかの限られた領域であるようです。
なお、バクテリアやウイルスもコラーゲン様のタンパク質をつくることがありますが、その配列中でプロリンが修飾されてヒドロキシプロリンになることはないとされています。得られた配列はヒドロキシプロリンを含んでいるため、微生物由来である可能性はこの点でも考えにくいということになります。
コラーゲン以外のタンパク質のアミノ酸配列も
2015年の報告(文献11)ではブラキロフォサウルスの骨全体ではなく、その内部に観察されていた血管様構造だけを単離し、ここからアミノ酸配列の決定を試みています。すると、アクチンやチューブリンなどの細胞骨格を形成するタンパク質、さらには染色体の構成成分でDNAに結合するヒストンのアミノ酸配列の断片も得られました。どれも真核生物に広く存在する基本的な機能をもつタンパク質で、配列の相同性をみると主竜類、カメ類のものに最も近いという結果でした。
観察される微細構造は微生物の増殖によるとは考えられない均一なものであること、さらに今回アミノ酸配列が得られたタンパク質検出のための抗体の結合パターンがダチョウの血管を使った結果に似ているようだということで、以前から報告されていた血管の名残りとみられる構造はやはり恐竜のものであり、外部からの微生物の侵入や無生物的にできたものではないと考えられることを強調しています。
さらに古い時代の化石からのタンパク質成分の検出
この一連の恐竜の化石標本からのアミノ酸配列取得の研究はマリー・シュヴァイツァー(Mary Schweitzer)によって率いられてきています。アミノ酸配列までは得られてはいませんが、恐竜の化石中にタンパク質成分が残っているのではないかという報告は彼女の研究チーム以外からも以前より発表されています(文献12)。最近では特別に保存状態の良いというわけでもない恐竜の骨の化石8つのうち、6つの内部から線維や細胞様の構造を見つけることができ、コラーゲンと思われるアミノ酸組成も検出されたという論文が出ました(文献13)。さらに2017年になると、中生代の中でもジュラ紀初期に棲息していた1億9500万年前という、より古い時代の竜脚形類(Sauropodomorph、アパトサウルスやディプロドクスなどの後期の竜脚類も含まれるグループです)の恐竜ルーフェンゴサウルス(Lufengosaurus)の化石中にもコラーゲンの赤外線吸収パターンに合う成分があることが報告されました(文献14)。ここでは血球に含まれていたと思われる鉄が酸化鉱物として存在していることも明らかにしました。この論文は鉄イオンがペプチドの保存に役立ったのではないかと推測しています。
アミノ酸配列決定は分子進化の様子を知るためには欠かせません。データの確からしさについての検証をさらに重ね、今後より広範な配列の情報を取得できるようであるならば、化石とアミノ酸配列の情報が直接にリンクするという新しい分子進化の観点が導入された研究の幕開けが到来することになります。ただし、現在の技術では、せいぜい十数個から数十個の並びのアミノ酸の配列を得るのにも相当の労力が必要で、しかも優先的に検出されてくる比較的得やすいタンパク質以外の情報に手を伸ばすことは困難ではあります。
中生代は哺乳類、恐竜(非鳥類恐竜)、鳥類が現れ、現在の四肢動物の世界の基盤をつくることになった重要な時代です。非鳥類恐竜以外の中生代の化石からもアミノ酸配列の報告が続き、この時代の進化に潜む謎の解明が進んでゆくのでしょうか。
【追記】
[ 2017年7月3日 ]文献9の発表のすぐ後の2017年5月、ダチョウの骨から抽出したサンプルに対して質量スペクトルパターンによるアミノ酸配列決定法を適用してシュヴァイツァーらのデータを検証してみる論文が発表されました(文献15)。3個体のダチョウそれぞれのサンプルのスペクトルパターンからは、ティラノサウルス、ブラキロフォサウルスのものとして発表されていた断片の配列と次々とマッチするものが得られたという結果です。これまで発表された配列が恐竜のものではなく他の生物に由来するのだという、最も懸念される可能性を排除できていないという結論を出しました。
質量分析ではサンプルから得られたスペクトルのパターンを配列データベースの中で検索することにより、確かと判断される配列を決定します。その配列には程度は異なるものの、不確実性が入り込み、これが第一の問題となります。第二の大きな問題は恐竜以外のペプチドの混入です。おまけに一つの生物種の中でもコラーゲンはいくつもの種類からなるファミリーを形成しています。この状況はコラーゲンに限りませんが、信頼性の高い、ある程度の長さをもつ連続した配列の集積が必要です。現状では限られた断片の配列から乏しい情報しか得ることができていないというのは確かです。
上記の第一の問題に関しては、例えば恐竜独自の配列とされたものでも、そのうちの一箇所のアミノ酸に関連するスペクトルのデータの微妙な違いによっては現存生物の配列と一致することになるという背景があります(文献15)。また、そもそも以前に発表された配列だけでなく、文献9で提示された8つの断片の配列の中にも、データベースで検索すると、ヒトや、いくつもの動物のコラーゲン遺伝子の配列と一致し、恐竜の化石標本からの配列独自のものではないものもあることがわかります。したがって、第二の問題であるポリペプチドの混入という事態は大変大きくのしかかっています。恐竜由来とされている配列は比較的最近の混入(実験室で起こった可能性も含めて)によって得られたものではないかという疑いを文献15の著者は持っています。
中生代という太古からの分子進化についての直接的なデータを手にするための情報は果たして化石の中に残っているのでしょうか。
文献2:Schweitzer, M. H. et al. (2007). Science, Vol. 316, 277.
文献3:Asara,J. M. et al. (2007). Science, Vol. 316, 280.
文献4:Buckley, M. et al. (2008). Science, Vol. 319, 33c.
文献5:Pevzner, P. A. et al. (2008). Science, Vol. 321, 1040b.
文献6: Asara,J. M. et al. (2007). Science, Vol. 317, 1324.
文献7:Kaye, T. G. et al. (2008). PLoS One, Vol. 3, e2808.
文献8:Schweitzer, M. H. et al. (2009). Science, Vol. 324, 626.
文献9:Schroeter, E. R. et al. (2017). J. Proteome Res., Vol. 16, 920.
文献10:San Antonio, J. D. et al. (2011). PLoS One, Vol. 6, e20381.
文献11:Cleland, T. P. et al (2015). J. Proteome Res., Vol. 14, 5252.
文献12:Muyzer, G. et al. (1992). Geology, Vol. 20, 871.
文献13:Bertazzo, S. (2015). Nat. Commun., Vol. 6, DOI: 10.1038/ncomms8352.
文献14:Lee, Y.-C. et al. (2017). Nat. Commun., Vol. 8, DOI: 10.1038/ncomms14220.
文献15:Buckley, M. et al. (2017). Proc. R. Soc. B, Vol.284, 20170544.
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