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2017年1月5日木曜日

(31) ティラノサウルスは優れたハンター? それとも巨大なスカベンジャー?


ハンター? スカベンジャー? ティラノサウルスの狩りの能力、可能性を推測


地上で最大の肉食獣であったティラノサウルス。この恐竜が優れたハンターであったのか? または単に巨大なスカベンジャー(腐肉食(ふにくしょく)性の動物、死肉をあさる掃除屋)でしかなかったのか? これまで発表されている論文から導き出されている推論の紹介です。

まず言えることは、ティラノサウルスがハンター、スカベンジャー、どちらかとしてだけ行動していたとは大変考えにくいということです。例えば、現在のアフリカの草原での最強の肉食動物のライオンの場合、自らによる狩りに加えて他の肉食動物から獲物を奪うことも多いのはよく知られています。ライオンの食糧のうち半分程度はスカベンジャーとして得たものとみられています(文献1)。ティラノサウスが落ちているものを決してあさらない、他人の獲物は絶対に手出ししない、という生活をしていたはずがありません。

同時に、やはり現生の動物をみると、どんな肉食獣でもスカベンジャーとしてだけで生きていくのは相当大変だということもわかってきています。後でも触れますが、ハゲワシやコンドルというあまりエネルギーを使わずに上空から食物を探すことができる腐肉食専門の鳥類は特殊な例として、それ以外の鳥類、そして哺乳類と爬虫類全般については、スカベンジャーとしてのみ生活するのは無理で、狩りで獲物を得ることが必要になると考えられています(文献2、文献3)。

草食恐竜の化石に残されていたティラノサウルスの狩りの証拠


ティラノサウルスが生きた恐竜を襲った確実な証拠というのは、2013年の報告にあります(文献4)。その内容は次のようなものです。
米国サウスダコタ州で見つかった草食(植物食)恐竜のカモノハシ竜(ハドロサウルス類、おそらくエドモントサウルスだとされています)の尻尾の化石にはティラノサウスのものと明確にわかる歯が食い込んでいました。しかも、損傷した尾の椎骨には治癒の跡がみられたのです。このカモノハシ竜は攻撃者の歯を体に残したまま、襲撃から逃げおおせたのです(下図)。死肉をあさったのではないということになり、ティラノサウスが生きた大きな獲物を狙うハンターとして行動したという証拠です。


この証拠だけでは、どれだけ頻繁に狩りがおこなわれていたかはわかりません。しかも狩りに失敗した例ですから、実はハンターとしては下手くそだったかもしれないと言われかねません。しかし、この体の後ろを襲う攻撃は、逃げようとする相手に対する狩りの一般的な行動であること、また、このカモノハシ竜はその場を逃れることができたものの、骨にまで達する傷を負ったことから、ティラノサウスのハンターとしての行動は的確で、決してまれなものではなかったと考えられます。ちなみにライオンによる狩りの成功率は獲物によっても変わりますが、平均で昼だと5回に1回くらい、夜は少し良くなるというデータがあります(文献1)。チーターはそこでは7割という高い成功率が出ていますが(チーターの場合、狩りの後にライオンやハイエナなどの他の動物によって獲物が横取りされる心配がより大きい)、一般に大きな肉食獣にとって狩りは失敗することのほうが多いものとみるべきでしょう。

スカベンジャーの証拠も


スカベンジャーとして行動したと推測されている跡も残っています(文献5)。ゴビ砂漠で見つかった草食恐竜サウロロフスのある化石は体のかなりの部分がそろったものでした。しかし、不思議なことに左上腕骨だけに肉食恐竜が噛みついたり、歯で肉をこそげ取った食事の跡が残っていました。その歯の跡はティラノサウス類によるものと判断されました。もっと多くの肉がついている部分はなぜか手付かずのままです。これをどう解釈するかですが、何らかの理由で土砂に埋もれていたものの、左前足のみ外に出ていたサウロロフスの死体をティラノサウス類の恐竜が見つけたと論文では推測したのです。

こうして両方の証拠とされるものがあるのですが、最初の例から、ティラノサウスは大型の恐竜も襲うハンターであったのは間違いないようです。しかし、狩りに必要ないろいろな能力はどの程度ティラノサウスに備わっていたのでしょうか。また一方で、狩りにはあまり頼らずにスカベンジャーとして十分な食物を得ることもできたのでしょうか。続いて文献をみてみましょう。

ティラノサウスの視覚、嗅覚、聴覚


文献6は視覚に関する考察をおこなったものです。逃げる獲物に的確に攻撃を加えるためには相手との距離を正確につかむ必要があります。待ち伏せして襲い掛かる時も同様です。両眼でともにカバーされる視野の領域は距離感がつかみやくなります。両眼が顔の正面に前方を向いてついていると、前方向のこの両眼視野が広くなります。肉食獣のハンターだけでなく、樹上生活をするサルも両眼による前方視野が広くなっています。しかし、この両眼視野の角度は、爬虫類から鳥類への進化の経路にある動物は哺乳類ほど広くはなりません(文献7)。狩りの得意なフクロウの仲間でも50°程度であり、ヒトやネコの120°程度にはおよばないのです(ウシは50°程度、ウサギは30°程度)。文献6は、ティラノサウス顔面の立体模型から、両眼視野がフクロウと同程度の~55°と推定しています。ワニの仲間が~25°、ほとんどの鳥類は15°から30°ということですから、ティラノサウスのこの値は猛禽類のワシやタカよりも優れており、立派なものです。なお、ベロキラプトルもやはり~55°と推定されましたが、ティラノサウスの登場以前のジュラ紀の大型獣脚類、アロサウルスは20°程度という結果でした。
残念ながら、眼球の形、性能については化石からはわかりません。それでも想定される大きさや現存の動物からの類推から、この論文の著者たちはティラノサウスが狩りに適するシャープな最小視角をもち、しかも夜でも結構眼が効いたのではないかと考えています。

嗅覚についてはどうでしょうか。獣脚類の頭部X線コンピュータ断層撮影では、脳の中で嗅覚の情報処理にかかわる嗅球(きゅうきゅう)の大きさ(長さ)が測定されています(文献8)。嗅球は体格が大きくなるにつれて、その相対的なサイズは小さくなるのですが、ティラノサウルス類では体格や頭蓋骨の割には大きく、臭覚が大切な役割をもっていたことがうかがえます。スカベンジャーとして鋭い嗅覚は欠かせません。しかし、嗅覚は狩りにも、そしてその他にもいろんな場面で重要になることも当然で、スカベンジャーかハンターか、どちらに適した生活をしていたかについては、ここからは判断できません。

そして、聴覚。話題20で触れたように、遠くから届く長波長の低音を鋭敏に捉えることができたようです(文献9)。ティラノサウルスは獣脚類の進化の中で周囲の状況を探るための優れた感覚をいろいろと持つようになりました。

ティラノサウルスの足の速さ


獲物を追いかける能力はどれくらいであったでしょうか。待ち伏せするにしても、相手を捕らえるためのダッシュ力が必要です。また、場合によっては距離を走る持続力が求められます。
恐竜の移動速度は連続した足跡から推定値が出されてきています。最新の2016年の報告(文献10)では連続した3歩の足跡から、歩行速度は時速4.5から8 kmと算出しています。これは現在の動物の歩行データから推測したもので、足跡の主は地上から尻までの高さが1.5 ~2メートルくらいの、まだ成長中のティラノサウルス、またはナノティラヌスのものであろうということで算出をおこなっています。別の場所で見つかった足跡を調べた2015年の報告(文献11)もティラノサウルス類の歩行速度は時速8.5 km以上となる可能性があると言及しています。
他方、獲物となるカモノハシ竜のハドロサウルス類の連続した足跡からは、その平均の歩行速度は時速5kmを超える程度、足跡の解釈を変えると時速6kmを超える程度という値が得られており、同じようにして求めた肉食恐竜の平均の時速7km半ばよりは低くなっています(文献12)。

問題は件の恐竜がのんびり歩いていたのか、急いでいたのか、その時の状況はわからないということです。獲物を追う場合も、追撃者から逃れる場合も、全速力に近い走りをするでしょう。恐竜が出しうるトップスピードは謎です。骨格と筋肉の比較的簡単なモデルから、ティラノサウルスは最高で時速30 km近くまで出せるという見解があります(文献13)。
持続力についての推測も、難しい問題です。ハドロサウルスはダッシュ力では劣っても、接近するティラノサウルスをうまく振り切って距離を走れば、その追撃を逃れることができるとも考えられています(https://www.ualberta.ca/newtrail/featurestories/who-is-faster-tyrannosaur-or-hadrosaur)。

成長中のティラノサウルス類の四肢のプロポーションは完全に成長した成体のものとは異なり、俊足を誇ったはずの草食恐竜オルニトミモサウルス類(ダチョウのような体つきです)の形状に似ているため、若いティラノサウルス類は白亜紀のどんな恐竜よりも足が速かったのは疑いないと考える論文もあります(文献14)。

これらの報告から、狩りの時の実際の速度が正確にわからなくとも、ティラノサウルスは決して鈍重な動物ではなく、大型の草食動物を襲うことは十分可能だったということは確かだといえます。

ティラノサウルスの攻撃力


ティラノサウルスは他の肉食恐竜と比べて格段に頑強な歯と顎が特徴で、すさまじい噛む力を生み出します(文献15;話題6で紹介しています)。さらに首の筋肉も強大で、大きな食べ物を口で保持し、首を上に振りあげることによってその向きを変えて飲み込む際に役立ったと考えられています(文献16)。彼等の極端に小さな前足でものをつかむ必要はないのです。内部が融合したアーチ状の鼻はその周辺の強度を高め、大きな歯と口を左右に動かして食物となる動物の体を力強く引きちぎって解体するのに貢献すると考えられます(文献17)。こうした食事のためのパワフルな機能が獲物に襲いかかる際にも有効に発揮されたことでしょう。

体のそれほど大きくないドロマエオサウルス類の後足は鋭いかぎ爪があり、狩りの際に有効な武器となりえますが、巨大なティラノサウルス類の場合、後足に頼る攻撃は疑問視している論文があります(文献18)。しかし、倒した相手を踏みつけ、押さえつけるのには十分な武器となったでしょう。

ティラノサウルスが群れで行動する可能性


ティラノサウルス類に属するアルバートサウルスの複数の個体の化石がカナダ、アルバータ州の一か所にまとまって発見されていました。文献12は、これらの個体が同じ時に同じ運命のもとで化石化したのであり、彼等が群れで行動していたことを示す証拠だとしています。そして先に紹介したように、若い個体がより足が速いならば、群れが狩りをおこなう時には重要な役割を果たしていただろうと示唆しています。群れによる狩りは、特に大型の獲物を狙う場合に効果があります。もちろん、スカベンジャーとしても、群れをつくっているほうが競争相手を追い払うには都合がよいかもしれませんが、そのメリットが出てくるのは体の大きなティラノサウルスの群れに見合う量の食べ物を運良く見つけた場合などに限られるでしょう。
先述の文献10が扱った足跡も、同じ時に同じ方向に向かって歩く複数のティラノサウルス類による可能性があり、これも群れをつくっていたことの間接的証拠と考えられています。

生態系を考慮すると、肉食獣にとって狩りがどうしても必要


動物が命を落とす原因は、肉食獣による狩りの餌食となる場合よりも、別の原因である場合のほうが一般に多いようです(文献2)。それでも今日の生態系をみると、肉食獣にとって死肉(あるいは弱った個体)を見つけることはかなり大変なことです(文献3、文献18)。定期的に縄張りを巡回していればいつも確実に手に入るというものではありません。小型の肉食動物は個体数も多いため、死肉に先に手出して胃袋の中にいれてしまうのは大抵の場合、彼等です。中生代のティラノサウスにとっても、自分より小型の肉食獣は数多く、やっかいな競争相手となります(文献19)。
ハゲワシやコンドルはもっぱらスカベンジャーとして行動しています。気流を巧みに利用して、あまりエネルギーを消費することなく、長時間にわたり見晴らしの効く上空から効率のよい探索ができます。スカベンジャー専門で暮らしてゆけるのは、こうした特技の持ち主であるからこそ可能なのだとエネルギー面から考えられています(文献3)。こうした芸当ができない地上の肉食動物はハンターとしての能力が必要のようです。

巨大な体にハンティングが重要となる理由


文献20では、スカベンジャーとして暮らしてゆく場合のエネルギー収支にさらに注目してゆきます。体が大きくなると、胃腸の容積も大きくなり、多くの食べ物をため込むことができます。また、移動速度が増すので、より広範囲にわたる探索ができます。死肉を見つけたら、これをめぐって争い合う相手に対しても体が大きいほうが有利になります。ところが争い合う相手があまりいなくなるまでに大きくなると、その先さらに大きくなったとしても、競合におけるメリットが格段に増えることはありません。それどころか、もともと生息域中の動物の数には限りがあるため、体に見合うだけの食物を探すことが難しくなる一方です。そこでモデルをたて、いろいろ条件を決めたうえでベストの体の大きさ(体重)を求めることができます。ここでは、獣脚類の場合のベスト体重の近くに位置するのが、430kgのディロフォサウルスで、その前後のだいたい30kgから1トンまでの体重の持ち主がスカベンジャーとして行動する際には有利になるという結果が出されています。この結果にしたがうならば、スカベンジャーとしてのみ生存するには、始祖鳥はあまりに小さすぎて、そして成体のティラノサウルスはあまりに大きすぎて、どちらも無理ということになります。ある程度以上の、あるいはかなりのエネルギー不足分をハンターとして得なければなりません。この論文では、最適に近い体重をもつディロフォサウルスでさえ、確かにあごの骨格構造からも、おもにスカベンジャーとして行動していたと思われるものの、ハンティングなしの生活はエネルギーの収支を考えると、ありえなかっただろうという結論です。
ティラノサウルスはスカベンジャーとして十分な食糧を得ていた可能性もあったのではないかという論文もありましたが(文献21)、いろいろな要素を加味すると、それはどうも無理らしいという見方です。
この結果はあくまでシミュレーションによるもので、モデル式と前提条件次第のところがあります。しかし、得られた行動の傾向は現存の肉食動物にもあてはまっています。また、対象とした獣脚類の体温調整が変温動物、恒温動物、そして中温動物(話題16)、いずれのタイプであったとしてもこの傾向は同じようなものになることも示されています。
狩りにもエネルギーが必要です。その消費に見合うだけの狩りの能力を備えたものが生存できるのです。

仲間の肉も食していたティラノサウルス


おそらくスカベンジャーとして、ティラノサウルス類は仲間の肉を食べたとされる証拠もあります(文献18、文献22)。ティラノサウルス同士が日常頻繁に共食いを目的にした争いをしていたとは考えにくいものの、喧嘩の結果、倒した相手を餌食としてしまうことも否定できないと論文の著者は述べています(文献22)。群れで行動したという可能性を先に紹介しましたが、同時に同種間の争いも結構あったようで、ティラノサウルス類の頭蓋骨に見つかる同種の歯による傷は、正面を向き合って、または体を互いに横に並べつつ戦った跡と解釈されています(文献18)。

     ◇    ◇    ◇    ◇

一部では、ただの巨大なスカベンジャーかと思われたことのあるティラノサウルス。しかし、状況に応じてスカベンジャーとしても行動しつつも、やはり地上最大の、そして最強のハンターであったと考えられます。
ハンターとして卓越した大きさと力強さを誇るティラノサウルス(およびその近縁の種)は、他の肉食恐竜が手出ししにくい大型の獲物を狙える当時の特別な生態学的地位にいたと考えられます(文献19)。もっとも話題11で紹介した、比較的小型のドロマエオサウルス類による、自分よりはるかに大きな恐竜の背中への攻撃の可能性も、確たる証拠はなく、一見奇想天外に思えても、否定できるものではないでしょう。


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