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2015年12月12日土曜日

(15) 恐竜の体温(その2)化石の元素分析から推定 ~歯や卵の殻からわかってきたこと


元素分析から推定する恐竜の体温


前回は現存する動物の生理学的な知見を恐竜の化石に残された情報と組み合わせるという方法で恐竜の体温を推定する話でした。今回は化石の成分分析からの推定です。


この場合に調べる成分とは元素、すなわち分子の構成要素である原子が対象になります。
元素には同じ名前(元素名)と原子番号を持ちながら質量(原子量)が異なるものがあり、それらはその元素の同位体と呼ばれます。例えば炭素であれば、地球上では99%の炭素は炭素12(数字は原子量で大きな数字ほど重い)ですが、ほんの少量の炭素13、さらに極めて少量の炭素14が天然の同位体として存在します。酸素の場合、天然の同位体はメインが酸素16で他に酸素18、酸素17があります。同位体間にみられるほんのわずかの振る舞いの違いにより、温度に依存しつつ、ある同位体のほうが他の同位体よりも、なにがしかの分子中に偏って存在することがあります。これを利用するのです。

酸素同位体の存在比の変化を調べる


成長中の骨に固定されるリン酸中の酸素の同位体の存在比が温度によって変化しうることを利用し、ティラノサウルスの体温が安定していたという報告(文献1)が1994年にあるのですが、骨の化石はもともとの生物の体の中での同位体の存在比をきっちりと保持できていないはずだという大きな問題をはらんでいます(文献2)。化石になる間に骨の部分の成分がずいぶんと置き換わってしまうのです。
そこで文献3では歯のエナメル質に注目しました。哺乳類では歯の表面にあるエナメル質は骨や同じ歯でも象牙質と比べると、もとの骨の中のリン酸や炭酸の保存状況がはるかによいことが知られています(文献4)。哺乳類と爬虫類ではエナメル質部分の構造に違いがあるのですが、化石中の同位体の分析をおこなうのには最も適している部位であることには違いないでしょう。文献3ではエナメル質ではなく、まるごとの歯を分析しているデータも含んでいますが、化石化した場所の当時の地球上の緯度の違い(つまり気温の違い)を考慮しても、4種の恐竜の体温が爬虫類と異なり、体のサイズが大きくなくとも現在の哺乳類のように安定していたと結論しました。以前の話題(13)で取り上げたように、外温性の動物でも体が巨大化するにつれて体温は安定します。今回は小型の恐竜でも体温は安定しているという結果が得られたたこと、そしてワニよりは高い体温であったらしいことから、著者たちは恐竜が現在の爬虫類よりも多くの代謝熱を発生させる動物であったと考えました。
成長する骨をとりまく環境下の水に含まれる同位体の存在比が不明なため、この方法では実際の体温を直接求めることはできません。しかし、現存のワニやカメの体温実測データから、これらの動物の体温が中生代でも現在と同じと仮定すると、恐竜の体温は高緯度では33~37℃、低緯度では36~38℃程度になると予想しました。しかし、これは恐竜が外界の気温に体温が左右される外温性であればという仮定で、この時点では著者たちは恐竜は内温性であったのかもしれないと述べています。
以上の測定方法は、成長中の骨周囲の水中の同位体比がいつでも、どこでも一定ということを前提としているのですが、その保証がないというのが弱点です。

炭素13と酸素18の同位体凝集の偏りを調べる


そんな中、同位体を利用した新たな方法で生存時の実際の体温を求める報告が出るようになってきました。元素間の化学結合では、重い同位体がかかわる結合がより強くなります。炭素と酸素の結合であれば、炭素13と酸素18の結合が最も強い結びつきとなります(炭素13より重い炭素14はあまりにも存在する数が少なく、また安定な同位体ではないので考慮していません)。そのため、同位体同士の結合のなかで、炭素13と酸素18の組み合わせが多くなるという偏りが生じ、化石の中でその偏りが保存されるのです。同位体凝集isotope clumping)という現象で、凝集の程度は温度に依存します。結合形成時に高温になるほどこの傾向は小さくなり、ある程度の温度以上では偏りは完全になくなります。サンプル中の同位体の凝集による偏りを調べることにより、同位体同士の結合形成時の温度(体温)を求めることができるので、周囲の水との比較は不要です。一旦、炭酸となれば、化石化した後に熱水などにさらされてしまうことがない限り、その時の温度の”記録”を質量分析装置を用いて読み解くことができるのです。

同位体凝集を恐竜の化石に適用した報告はEagleらにより2011年に出されました(文献5)。恐竜化石の歯のエナメル質を中心に、炭酸に含まれる炭素13と酸素18の結合の偏りを調べています。そこで得られた体温は大型恐竜のもので、34℃(ディプロドクスの仲間)から38℃(ブラキオサウルス)というものでした。これらの大型の恐竜が高い体温をもっていたことを確かめることができたのです。恐竜全般の情報を得るには小型の恐竜を含むより多くの結果も知りたいところです。
そこで、同じ研究グループは2015年発表の研究で化石化した卵の殻に注目しました(文献6)。卵の殻は母体の卵管の中で形成されるので、同位体凝集の際に母体の体温が“記録”されるはずです。また、殻は水やタンパク質の含量が少なく、ほとんどが炭酸カルシウムからなっているため、歯のエナメル質同様、もとの組織の同位体同士の結合をよく保存できると考えられます。彼等はまず詳細なデータを現在の鳥類と爬虫類から採り、同位体凝集の程度が実際の体温を反映することを確かめています。そして恐竜の卵の殻の化石を調べるにあたっては、その微細構造を詳細に調査し、保存状態の優れたものを選び出しました。選りすぐりの化石から、大型の恐竜であるティタノサウルスの体温は38℃、小型の恐竜オビラプトルは32℃(ともに3体の化石の平均値)という結果を得ました。また、オビラプトルの化石の周囲にあった、生物由来でない炭酸からは26℃(これが当時の気温と考えます)という値を得ました。これまでの研究よりもより良い精度のデータが得られていると考えられます。
この論文の著者たちがおこなった考察をまとめると次のようになります。

大型恐竜であるティタノサウルスの高い体温は前の研究結果(文献5)と一致するが、こうした高い体温は恐竜が内温性であったためなのか、あるいは体が大きいために外温性であっても、この体温となっていたかを判断するために、今後さらに多くのデータによる正確な情報が必要である。一方、小型恐竜であるオビラプトルは外界の温度よりも高い体温を維持していたが、その程度は現在の鳥類ほどではなかった。この恐竜は体温調整のためのなんからの行動をとったり、体の表面に保温機能をもっていた外温性の動物であるということが一つの可能性として考えられる。あるいは、この恐竜が現在の鳥類ほどではないものの、代謝と体温の面では爬虫類と鳥類の間に位置する生理学的特徴をもっていたという可能性もある。このオビラプトルの化石から得られた結果が代表的なものであるかどうかは今は判断できないが、今回の研究結果は恐竜の中には鳥類のような完全な内温性をもたないものがいたことを示したものである。

慎重かつ、極めて妥当な結論です。
以上、2回にわたって恐竜の体温の推定についての話題となりました。恐竜が外温性であったのか、内温性であったのかについて次回に紹介したいと思います。


文献1:Barrick, R. E. and W. J. Showers (1994). Science Vol 265, 222.
文献2:Kolodnya,Y, et al. (1996). Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, Vol 126, 161.
文献3:Amiot, R. et al. (2006). Earth Planet Sci Lett, Vol 246, 41.
文献4:Clementz, M. T. (2012). J. Mammalogy, Vol 93, 368.
文献5:Eagle, R. A. et al. (2011). Science, Vol 333, 443.
文献6:Eagle, R. A. et al. (2015). Nature Communication Vol 6, Article number:8296 doi:10.1038/ncomms9296.


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