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2015年12月5日土曜日

(14) 恐竜の体温(その1)恐竜の成長パターンから推定 ~体重と代謝量のアロメトリックな関係



前回 は変温動物(外温性の動物)であっても、体が巨大になれば、かなりの体温を得ることになり、またその体温は外界の温度にあまり影響を受けないようになるというお話でした。体が大きい動物の場合、単に体温を知るだけでは、その動物が外温性か、内温性かはわからないのです。
とはいえ、実際には恐竜の体温はどれほどだったのでしょうか?
そして、恐竜が巨大なトカゲ(典型的な爬虫類のような変温動物)のような体温調節をおこなっていたのか、あるいは哺乳類や鳥類のような内温性であったのかはどのようにすれば推測できるのでしょうか。

まずは恐竜の体温を推定する試みからです。
太古に絶滅してしまった恐竜の体温の推定には、化石の成分を分析してみる方法と、現存する動物についての生理学的な計測値の間にみられる関係を化石から得られる情報をもとに恐竜に当てはめてみる方法があります。
今回はそのうちの二つ目についてです。そこでは恐竜の成長にともなう体の成長速度が問題となります。

恐竜の成長速度を化石から知る


体の大きさと成長のパターンから体温を推定します。
まずは恐竜の成長速度の情報を得ることから始めます。
恐竜の大腿骨などの体を支える長い骨の断面には同心円状の模様を認めることができます。骨の成長速度が一様ではなく、周期をもっていることのあらわれです。これは年ごとの季節変化をともなって骨が太くなってゆくことを反映しているのであり、その痕跡として樹木の年輪と同じようにこの模様が形成さているのだと考えられます。本当に年毎の周期かどうかは異論も多少はありますが、これを年輪とすることで現在のところは研究が進んでいます。
現存の動物の中では、この模様は哺乳類にはみられないというので、外界の温度変化を受ける変温動物の成長特有のものだろうと考えられたことがありました。そうだとすると、恐竜は変温(外温)性だということになります。しかし、この輪(LAG = lines of arrested growth、成長が一時的に抑制されたために生じる線)は哺乳類にも見つかってきており、これだけをもって外温性か、内温性かということは判断できなくなっています(文献1)。内温性の動物だからといって、いつも一定の速度で成長しているわけではないのです。
骨のLAGの間隔が広い部分は盛んに成長している時期と解釈します。年輪の外側に向かうにつれて極端に間隔が狭くなってゆくところまで成長の痕跡が残っている場合には、その恐竜は十分成長しきった時の大きさに近くなってから化石となったと判断します。骨の計測結果から体のサイズも推定し、年齢と体のサイズ(体重)の関係を調べることができます。
2001年にEricksonらは小型のシュヴウイア(成体の体重:2kg弱)から巨大なアパトサウルス(成体の体重:26トン)までの6種の恐竜を調べ、どれも急速に体が大きくなる時期の後は次第に成長が遅くなる様子を報告しています(文献2)。


体のサイズの増加がやがて年齢とともに止まってくるのは哺乳類や鳥類だけでなく、ワニなどでもみられる共通の現象ですが、巨大恐竜は成長時期でのサイズ増加が際立っているのです。巨大なアパトサウルスも20才ころにはほぼ最大のサイズに近い程度に成長します。ゆっくり成長するので巨大になるのに長大な寿命が必要になるとか、際限なく、どんどん大きくなり続ける、などということはないのです(文献3)。
Ericksonらはさらにティラノサウルスについて、この巨大肉食恐竜が比較的短い期間のうちにいかに巨大になるかというデータも示しました(文献4)。
もっとも、その後になってから、これらの論文はデータの取扱いのあちらこちらに問題があり、出された数値の中には明らかに使えないものがあるという指摘がなされました。例えば、文献4ではティラノサウルスは最大で1年で800kg近くも体重が増えるという結論でしたが、これは過大であり、元の測定値を使う限り、467 kgになるという指摘です(文献5)。
データ処理に関する問題とは別に、限られた数の化石に頼るしかないために、信頼できる成長曲線を描くにはサンプル数が大変少ないという問題があります。化石をみただけではわからない遺伝的な違い、そして環境の違いも成長パターンに確実に影響するはずなので、サンプル数が極端に少ないと大きな偏りへつながります。これに関連して、各種恐竜の本当の最大サイズは確認することができておらず、ゆっくりではあっても、成体になってからも恐竜は成長を続けるのではないかという立場もあります(文献6)。そのうえ、データを取る際のLAGの数の数え落としの可能性も出てきます。骨には成長中にも再構成が起こるため、LAGの数が少なくなってしまうこともあります。

こうした制限がある中でも恐竜の成長速度のデータは蓄積されつつあります。2014年にGradyらは先に述べたティラノサウルスの最大の成長速度については九つのサンプル数から得た数値として472 kg/年(文献では一日あたりで表示、成体の最終体重は5.7トン)を彼等の研究に使用しています(文献7)。この報告では、成体で19トンになるアパトサウルの最大成長速度は1.7 トン/年(サンプル数40)、25トンのマメンチサウルスの仲間は1.8 トン/年(サンプル数21)、そして52 kgのトロオドンは6.0 kg/年(サンプル数19)と算出しています。
大きな恐竜ほど育ち盛りの時期の成長速度も大きくなるのは明らかです。この事情は他の動物でも同じです。現在の地球に棲息している200トンにも達する巨大なシロナガスクジラは大型恐竜も及ばない成長速度を誇っています(文献7)。

体重と基礎代謝量の関係


次は体温推定のために必要な、もう一つの情報である基礎代謝量を推定します。
代謝速度もすでに絶滅してしまった恐竜については直接の測定ができません。そこで動物の体のサイズ(体重(正確には質量))と基礎代謝量には次のような関係が見出されていることを利用します。
すなわち、基礎代謝量は体重の3/4乗に比例する。 

体重を横軸に、基礎代謝量を縦軸に、ともに対数であらわしたグラフ上にいろんな動物の測定結果をプロットすると、傾きが3/4(= 0.75)の直線となるというものです。


これは経験則でしかありません。3/4という値もスイス人のMax Kleiberが最初に出したもので、その歴史的経緯とこの経験則の取扱いについての注意点は文献8の総説にまとめられています。多くの基礎代謝量と体重の実測データがこの傾きの直線上近くに位置しますが、あくまで経験的に割り出されている関係にすぎません。3/4の値からかなり外れる実測値が得られることもあります。しかし、一般にはこの経験則が変温動物、恒温動物どころか、植物、そして単細胞生物まで広く適用できるのです。
基礎代謝量と体のサイズの両対数グラフ上の直線の傾きが1でないので、両者の関係はアロメトリック(allometric)であるといいます(傾きが1の場合にはアイソメトリック(isometric)といいます)。また傾きが1でない直線の傾きをあらわす数値(「[体重]にかかる累乗部分の値)はアロメトリック係数となります。この場合、アロメトリック係数が1より小さい3/4であるので、体のサイズの増加率よりも基礎代謝量の増加率が小さいことを示しています。
もしも体のサイズがどれだけ変わっても、体の全ての部分のプロポーションに変わりがないならば、体の表面積は体重の2/3乗に比例します。さらに基礎代謝量というものが体の表面から出てゆく熱を補うためのものということに単純化すれば、基礎代謝量は体重の2/3乗に比例することになります。しかし実際は近縁の動物間でも、あるいは同じ動物の成長過程をみても、体のプロポーションは一定ではありません。先に述べたように多くの実測値からは、アロメトリック係数は2/3ではなく3/4に近い値が得られます(もちろん対象の生物や測定方法の違いによって値は変わり、むしろ2/3に近い値が得られる場合もあります)。
ロスアラモス研究所のWestたちは、生物体内での物質の輸送が血管(動物の場合)や維管束(植物の場合)を通して行われていることに注目し、輸送系のフラクタル構造に基づいて3/4の値の理論的裏付けを行っています(文献9)。そして、このモデルに対する疑問は文献10などに出ています。現状では、細菌を含む単細胞生物まで広く適用できているこの経験則の統一的な理論づけとなる説明は提唱されていません。今後、より説得力のあるモデルが出てくるとしても、生き物の生理という多様な複雑系の世界では、モデルの式ですべてのケースを統一的に完璧に説明することは不可能で、近似で表現するしかありえないでしょう。

さて、体温を求めるたに、次に代謝量と温度の関係が必要です。Gilloolyらは文献11で代謝量が温度の上昇につれて低下する様子を哺乳類から単細胞生物に至るまでについて示しました。そのモデルをたてるためには、温度とエネルギーを関係づけるボルツマン定数の導入をおこなっています。

化石から読み取った恐竜の成長パターンから推定する恐竜の体温


温度をモデルに入れることができたので、彼等は文献12の研究では体のサイズ(体重(正確には質量))と体温の関係をあらわすモデルをさらに作りました。そして話題(13)で紹介した体重が異なる11匹のワニたちの実測結果によく合うことを示したうえで、7種の恐竜の体温を推定しました。一番小さな12 kgのプシッタコサウルスは25℃、最大の13トンのアパトサウルスは41℃という数値です。話題(13)で触れたように、大型恐竜は気温が高い環境では何らかの暑さ対策が必須というレベルです。
プシッタコサウルスの想定体温25℃は当時の気温とおそらく同じレベルであり、これよりも体のサイズが大きくなるにつれて体温が上がるというこの結果から、恐竜は外温性の動物であったのではないかとこの論文の著者たちは考えました。
この時のデータには先に説明したEricksonの発表したままの数値が使われていたこともありますが、それとは別にモデル作成にはいろんな仮定が入っていて、この仮定を変えると結果はもちろん別のものになることを承知しておかねばなりません。

実際、化石の成分を分析した別の研究グループによる推定体温は大型の恐竜でも40℃をこえるようなものではありませんでした(次回の話題で紹介します)。そもそもパラメータの数に比べてサンプル数が少なすぎるので、Gilloolyらの結果は信頼性が高くないという欠点があります(文献13)。また、定数の数値を決めるにあたって、多くの哺乳類のデータ全体と少数の爬虫類のデータ全体の平均をとるなどの無理があるのも否めないところです。しかし、上にも述べたように、こうしたアプローチによる探索は重要です。いろんなアプローチの長所、短所を考慮して多面的にデータを蓄積してゆき、問題に迫ることが大切です。
ということで、次回は化石の成分から体温を推定する試みについてです。


文献1:KoeEhler, et al. (2012). Nature Online doi:10.1038/nature11264
文献2:Erickson, G. M. et al. (2001). Nature Vol 412, 429.
文献3:Lee, A. H. and S. Werning (2008). PNAS Vol 105, 582.
文献4:Erickson, G. M. et al. (2004). Nature Vol 430, 772.
文献5:Myhvold, N. P. (2013). PLoS ONE Vol 8, DOI: 10.1371/journal.pone.0081917
文献6:Hornera, J. R. et al. (2009). J Vertebrate Paleontology Vol 29, 734.
文献7:Supplementary materials for Grady, J. M. (2014). www.sciencemag.org/content/344/6189/1268/suppl/DCI
文献8:Hulbert, A. J. (2014). Systems Vol 2, 186, DOI:10.3390/systems2020186
文献9:West, G. B. et al. (1997). Science Vol 276, 122.
文献10:Etienne, R. S. at al. (2006). Functional Ecology Vol 20, 394.
文献11:Gillooly, J. F. et al. (2001). Science Vol 293, 2248.
文献12:Gillooly, J. F. et al. (2006). PLoS ONE Vol 4, DOI: 10.1371/journal.pbo.0040248.
文献13:Griebeler, E. M. (2013). PLoS ONE Vol 8, DOI: 10.1371/journal.pone.0074317.
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