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2021年3月21日日曜日

(47) ティラノサウルスはサイズの異なる捕食者の役割を遍歴? 〜中生代の肉食恐竜のサイズ分布〜

若い大型肉食恐竜のニッチ


中生代の恐竜(北米)と現在の哺乳類(アフリカ)の肉食動物 (ヘスペロニクスとミーアキャットはともに家ネコ程度の大きさ; ただし、ヘスペロニクスのほうが体重は軽い)
 

植物食(草食)の恐竜は大型のものが小型のものよりも種類が多かったということがわかっています。さらに中生代の地域(化石が見つかる場所)ごとにくわしく調べてみると、肉食恐竜については大型か小型の種類ばかりが目立ち、その中間サイズの種類がぽっかり空いていたところが多いという結果が得られました。小型のほうが種類が多くなるという動物一般のおおまかな傾向とは違っています。ティラノサウルスなどの大型肉食恐竜が捕食者の頂点をきわめていたこの時代、彼らの中ではおとなとは体格も能力も異なるまだ若い成長中の若い個体も中間サイズの捕食者としての重要な地位を占めていたらしいということです。恐竜特有の成長パターンと生存戦略がこのような世界をつくったと考えられます。大型肉食獣が成長につれて生活様式を変えていく生涯をおくっていため、中間サイズの体格をもつ成体の捕食者の種類が少なくなったのではという最近の報告(文献1)についての話題を紹介します。

冒頭の挿絵は中生代の北米と現在のアフリカを比較してみたものです。


体のサイズと種類の豊富さの関係

哺乳類、鳥類といった大きな分類グループの中では、小型の動物は大型のものに比べて種類が多い、つまり小型のほうが分類上の多様性に富むという一般的な傾向(文献2)を示す例は図1をご覧ください(文献3)。

 [ 図1]  各動物グループの体のサイズと種類の多さの分布           

体のサイズ(体重)の分布を調べてみると、もっとも種類が多いピークの部分は小型の部類の中にあることが多い --- これは現在の哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、さらには地上に棲息する種(しゅ)全体でみられる傾向です(文献1、3)。グラフでは、分布の形(それぞれの体重の分布範囲内でどこにピークがあるか)に注目してください。横軸は対数表示になっているので、グラフの右方向に進むほどサイズ(体重)は急激に大きくなります。


恐竜は大型のものに種類が多い

ところが2012年発表のように中生代の恐竜はこれとは違うパターンを示すようだというのです(文献3、4)。もう一度、図1をご覧ください。

この報告の前からも60 kg以下の恐竜の種類が少ないことはすでに知られていたのですが(文献5)、このグラフでは重いほうである右側に分布がかたより、大型恐竜の種類が豊富であったことがはっきりと示されています。おなじく化石をサンプルとしていながらも、新生代の哺乳類と中生代の翼竜は恐竜と違い、右側にかたよった分布にはなりませんでした(文献3)。


大型に種類が多いのは植物食性恐竜の特徴

さらに恐竜内の分類に分け入った分布を見てみると、植物食性の鳥盤類(Ornithischia)や竜脚形類 (Sauropodomorpha)と異なり、肉食の獣脚類(Theropoda)は極端な右寄りのピークはなく、より幅広い分布となることもわかりました(文献3)。獣脚類は巨大なティラノサウス(Tyrannosaurus ; 体長12 m、体重7トンにまで達する)や、比較的小ぶりなヴェロキラプトル(Velociraptor; よく比較されるように、七面鳥と同程度の大きさで、鼻の先から長い尾の末端まで2m弱)がよく知られています。

生態系の様子は地域、時代によって違いが生じてくるはずです。文献3では一部時代や地域ごとの分布にも対象を絞っており、そこでは分布のピークが二つに分かれるような結果も出てきました。


対象を全体から地域コミュニティごとに絞り込んでみると

あらたなデータを追加し、発掘場所の地域ごとにより詳しく体のサイズの分布を調べてみた成果が2021年2月に発表された論文です(文献1)。中生代の一億三千万年間にわたり、7大陸43か所の550種をこえる恐竜を対象としました。図2をご覧ください。

[図2] 地域コミュニティに注目した恐竜の体のサイズの分布 ------注:個々のコミュニティに注目した場合(ここでは図示していません)、両側の山の間の谷の部分が際立つ例が多くなりましたが、その谷の部分が位置している絶対的な体重の範囲は地域毎に違いがあります。

  

サンプル全体のデータについては図1と同じようなパターンでした。いっぽう、地域ごと、つまり恐竜のコミュニティごとの分布に絞ってみると、種類が豊富な恐竜が体重10 kg程度の較的小型の範囲と1トンをこえるような大型の範囲の2か所にピークが分かれ、間に谷があらわれました(図2は対象としたすべての地域ごとの分布の中央値を表示)。食性の内訳をみると、この谷の出現はコミュニティにおける肉食恐竜の分布が効いています。この図では示していませんが、個々の地域をみると、細かな違いはあるものの、肉食恐竜の体のサイズのギャップが存在することが明らかとなりました。大型肉食恐竜の体のサイズが大きいコミュニティほど、ギャップも大きくなります。

このように肉食恐竜の種類には比較的小型のものとかなり大きな体格にまで成長するものに大別され、その間にギャップがあるのならば、生態系の中でどのような捕食/被捕食の関係があったのでしょうか。この中間サイズを埋めるような恐竜以外の肉食動物が多くいたということはありえません。ワニの仲間には恐竜も食う巨大なものがいましたが、半水棲のため、陸上の生態系で大きな役割を果たせません。

ここで注意すべきは、一般に小さな動物は化石として残りにくいうえに、化石自体の発見が難しいということです。同じ地域の中にあっても、見つかった化石の状態や発見・報告にかかった時間の違いを根拠として、体重60kg以下の恐竜はより大きな恐竜に比べ、明らかに化石サンプルを得るのに不利なところがあるとされています(文献6)。小型から中型のサイズの肉食恐竜は実際はもっと多かったという可能性はかならずあるのです。しかし、今回の地域ごとの肉食恐竜のサイズ分布に示されたギャップはこのかたよりを大きく上回ると考えられるものでした。


捕食者間の競争、若い大型肉食恐竜のニッチ

この捕食者の分布のギャップから考えられることは、大型肉食恐竜が成体に向けて成長している間、その体格や能力に応じて獲物を変えていたのであり、これが当時の生態系の全体の営みの結構大きな部分となっていたのではないかということです。

そうであるならば、バイオマス、つまり生物の量として、成長しきっていない若い大型肉食恐竜が生態系の中で相当の割合を占めていたはずです。

その太古の時代の情報をどのように化石から得ることができるのでしょうか。鍵となるのが成体の恐竜の体重、そしてその体重にいたる成長速度と生存率の変化(The Paleobiology Database https://paleobiodb.org/、文献7、8)です。成長速度には長骨の断面にあらわれる年輪様の模様(話題14)を年齢の決定に使い、成長段階ごとの生存率の見積りは集団で見つかる化石(突然の自然災害などで一挙に集団の墓場となった箇所の化石)の発掘の状況をもとに推定がおこなわれました。限られたサンプルの数などについての議論の余地はもちろんありますが(文献9、10)、現状使えるデータを駆使した重要な手がかりには違いありません。

この若い個体が占める割合を考慮した個々の地域の肉食恐竜の分布の典型的なパターンを地域コミュニティごとに調べてみると、ギャップの部分に若い個体が入り込むという結果が得られました(文献1)。予想された大型恐竜の成長段階ごとの役割分担が可能です。

中生代では、ある程度以上のサイズの捕食者どうしで競合が進む中、大型化する肉食獣が優勢になり、他を追いやってこのような世界ができたということです。ここには恐竜がもつ次のような特性がかかわっていると考えられます。


大型恐竜の成長と生存戦略

恐竜は卵生です。卵の表面を通した呼吸が必要なことから、卵のサイズを大きくすることには限度があります。実際は大型恐竜の卵のサイズはより小さな鳥類のものに匹敵します。巨大な恐竜であっても孵化後の体のサイズは大型哺乳類の新生児よりは小さく、おとなと生まれたばかりのこどもの体格差はかなりのものになります。同時にワニなどと違い、恐竜は大きな成長速度をもっていました。大型恐竜の子孫を残す戦略は、生存率は高くなくとも、こどもには小さく、数多く生まれてもらい、早く大きな体に成長してもらうというものでした(文献11、12)。これに対して、哺乳類の育児では授乳の必要があり、おとなと新生児の間にあまりの体格差があったり、こどもの数が多いと問題になります(文献13)。少なく産んで大切に育てるという戦略です。

幼体と成体の体格差が大きいと、成長途中の形態、能力、行動の変化も大きくなります。ティラノサウルスの成長にともなうさまざまな骨格構造の変化の最新情報は文献14 にまとめらています。ティラノサウルスとは別のグループに属する大型の獣脚類、マジュンガサウルス(Majungasaurus)については文献15に記載があります。(小型の獣脚類ですが、文献16 には成長するうちに歯を失ってクチバシ状のあごをもつようになるリムサウルス(Limusaurus)のような例も報告されています。大きな食性の変化です。)

若い個体はこのような変化をともないつつ、成長段階ごとに多様な生態系中の地位(ecological niche、ニッチ)を占めて生き延びていく必要がありました。

以上は肉食恐竜についての説明です。図1のように、植物食恐竜が中心となる恐竜全体のサイズ分布は右側にかたより、左側には大きなすそ野ができます。このすそ野には当時の鳥類、哺乳類のメインの分布が重なります(文献4)。ただし、植物食性の大型恐竜も成長中は植物に対する自らの食性や捕食者にとっての獲物としての役割などが変化し、生態学的にはこのすそ野を自らが相当程度占めることができたものと思われます。成長中の個体までを考慮することはできていないものの、最近の大型植物食恐竜の研究によると、糧となる植物をめぐる競争があったことは明らかなようです(文献17)。

恐竜の若い個体がいろんなニッチを占めていたのではないかという考えは以前からありました。文献1 の研究は、これを定量的に論じる試みとして注目されます。恐竜特有の成長パターンと生存戦略が深く関係するテーマです。はたして、今回の推定はどれだけ実態をあらわしているのでしょうか。成体と成長中の個体の化石が同じ種類なのか、別種なのかの判断が簡単ではない場合もあります。また、現在の世界のコミュニティの中にも、中間サイズの捕食者の種類が欠けているとみられるケースがあることは覚えておかねばならないでしょう(https://science.sciencemag.org/content/371/6532/941/tab-e-lettersのコメントにある爬虫類の例)。今後のデータのますますの集積と分析が待たれます。

文献
1: Schroeder, K. et al. (2021). Science, Vol. 371, 941.
2: Kozłowski, J. and A. T. Gawelczyk (2002). Func. Ecol., Vol. 16, 419.
3: O’Gorman, E. J. and D. W. E. Hone (2012). PLOS ONE, Vol. 7, e51925. 
4: Codron, D. et al. (2012). Biol. Lett., Vol. 8, 620.
5: Wang, S. C. and P. Dodson (2006). Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Vol.103, 13601. 
6: Brown, C. M. et al. (2013). Palaeogeogr. Palaeoclimatol. Palaeoecol., Vol. 372, 108.
7: Erickson, G. M. et al. (2006). Nature, Vol. 313, 213.
8: Erickson, G. M. et al. (2009). Anatom. Rec., Vol. 292, 1514.
9: Erickson, G. M. et al. (2015). Anatom. Rec., Vol. 298, 1669.
10: Steinsaltz, D. and S. H. Orzack (2011) . Paleobiol., Vol. 37, 113.
11: Varricchio, D. J. (2011). Hist. Biol., Vol. 23, 91.
12: Werner, J. and E. M. Griebeler (2011). PLOS ONE, Vol. 6, e28442.
13: Janis, C. M. and M. Carrano (1992). Ann. Zool. Fenn. , Vol. 28, 201.
14: Carr, T. D. (2020). Peer J., Vol. 8,  DOI : 10.7717/peerj.9192.
15: Ratsimbaholison, N. O. et al. (2016). Acta Palaeontol. Pol., Vol. 61, 281.
16: Wang, S. et al. (2017). Curr. Biol., Vol. 27, 144.
17: Mallon, J. C. (2019). Sci. Rep. , Vol. 9, 15447.


論文のアクセス先を追記しました
文献1:Schroeder, K. et al. (2021). Science, Vol. 371, 941.
"The influence of juvenile dinosaurs on community structure and diversity"
文献3:O’Gorman, E. J. and D. W. E. Hone (2012). PLOS ONE, Vol. 7, e51925. 
"Body Size Distribution of the Dinosaurs"

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