ティラノサウルスへの進化の中で起こった羽毛の退行
ヒューストン自然科学博物館所蔵のティラノサウルスの化石は2002年に米国モンタナ州で発見されました。ワイレックス(Wyrex)というニックネームをもつこの標本は食いちぎられたと思われる尾を持つことでも知られていますが、ウロコ状の皮膚の部分も一部に保持しているということで注目されてきました。研究の結果は2017年6月に論文として発表されました(文献1)。
【図】ティラノサウルスの仲間(ティラノサウロイド)の系統樹と皮膚の構造
(この系統樹の根元の分岐点では羽毛があった可能性は大変高い(文献1))
(この系統樹の根元の分岐点では羽毛があった可能性は大変高い(文献1))
この論文ではティラノサウルス(Tyrannosaurus)だけでなく、分類グループのティラノサウリダエ(tyrannosauridae)のメンバーであるアルバートサウルス(Albertosaurus)、 ダスプレトサウルス(Daspletosaurus)、 ゴルゴサウルス(Gorgosaurus) タルボサウルス(Tarbosaurus)についても報告しています。このティラノサウリダエというグループはより大きな分類グループであるティラノサウロイデア(tyrannosauroidea)の中でティラノサウルスとその近縁の恐竜から構成されます。そして、その結果とは、これらの5種類の恐竜の首、胸部、腹部、尾の皮膚として確認できた部分は小さな面積でしかありませんが、全てウロコで覆われていたというものでした。
ティラノサウルス類の印象化石が示すウロコ状の皮膚
皮膚は柔組織です。柔組織は骨や歯のように、ミネラル化した組織ではないため、死後すぐに分解し、なかなか化石としては残りません。それでも体表を覆い体の内部を保護するという役割をもつ皮膚は発達した線維をそなえ、柔組織の中では比較的頑丈な組織です。これまでにいくつもの種類の恐竜の皮膚の様子の一部を伝える化石が知られています。
ここで調べられたのが、その最も一般的なタイプである印象化石(impression fossil)と呼ばれるものです(文献2)。これは生物の組織が直接化石として残るような成分に置き換わったのではなく、組織の消滅後にもとの構造の表面、または逆に内部の形が鋳型や鋳物のように残っている化石です。皮膚の印象化石は、たとえば最初に皮膚の表面を形どるように覆った火山灰の泥などがその印象(インプレッション)を残してやがて化石化することによってできあがります。足跡の化石も一種の印象化石です。なかには化石として残った足跡の底にさらに皮膚の様子がわかるインプレッションまでが残っていることもあります(文献2)。
印象化石以外の別のタイプの化石としては、皮膚そのものが圧縮されたものや、内部構造の間隙にミネラル分が入り込んで立体的な構造を残しているものもあります。変形、変性しても皮膚由来の構造が残っているのです。話題28のプシッタコサウルス(Psittacosaurus)の皮膚の部分がそうです。
今回調べられたティラノサウルス、そしてその近縁の恐竜の皮膚の印象化石はウロコ状の表面を示すものばかりで、羽毛や羽毛の先祖型と考えられるプロトフェザーは見つかりませんでした。
ウロコの一つ一つは不規則な多角形を示し、同じ場所の中でも大きさにもばらつきがあります。鳥類の脚のウロコのように前後軸に沿った極性を示すような兆候は見当たらないということです。
この様子は鳥盤類の恐竜であるハドロサウルス類の皮膚の印象化石とよく似ています(文献3)。また、ハドロサウルス類では散在的にあらわれるやや大き目のウロコがありますが、アルバートサウルスにも同じようなウロコが認められました。
羽毛をもつティラノサウロイド
ティラノサウロイデアに属する恐竜をティラノサウロイド(tyrannosauroid)と呼びます。
ティラノサウルスは羽毛(1本の線状、または途中で枝分かれしたようなプロトフェザーの場合も含む)をもつ可能性があると考えられてきました。羽毛をもつティラノサウロイドが見つかっているからです。
羽毛はティラノサウロイドも含まれる獣脚類のグループの中で進化をとげ、ついに巧みに飛翔できる鳥類の誕生へつながりました。
最初に報告された羽毛をもつティラノサウロイドはディロング(Dilong)です。中国東北部の遼寧省(りょうねいしょう)の中生代白亜紀前期の地層で見つかりました(2004年の文献4)。ディロングは体長1.6メートル程度と推定される初期のティラノサウロイドです。ウロコ状の皮膚を示す標本があることが大型の獣脚類恐竜のカルノタウルス(Carnotaurus、文献5)やティラノサウルスのワイレックスで知られていました。そこでディロングが羽毛に覆われているのは比較的小さな体を保温するためであり、より大きなティラノサウルスの仲間に羽毛が生えていることはないのではないかとも思われました。
しかし、2012年に推定体長9メートルになるユウティラヌス(Yutyrannus)という大型ティラノサウロイドが羽毛に覆われていることがわかりました(文献6)。ディロングと同時代、同じ地域に棲息していました。
初期の大型ティラノサウロイドが羽毛をもっていたため、ティラノサウルスも羽毛をもっていた可能性が出てきたのです。
今回の結果は、ティラノサウリダエというティラノサウルスとその近縁の恐竜のこれまで得られている皮膚の状況を示す化石を調べた範囲では、その表面はウロコ状であり、羽毛は見当たらないというものです。全身どこにも羽毛状の構造がないということを明らかにしたわけではありません。しかし、調べた印象化石の面積はごく限られた小さなものであるとはいえ、サンプルは体の複数の箇所から得られています。体表面のかなりの部分が羽毛で覆われているような想像図は否定されました。もしも体表の一部に羽毛状のものがあったとしても背側に限られているだろうと論文の著者たちは考えています(文献1)。
この先、体のどこかに羽毛の存在を示すティラノサウリダエの恐竜の化石が見つかるようなことはありえます。また、次に説明するような進化の観点から、幼体は羽毛をもつ可能性は残されています。
ティラノサウロイドの中でおこった羽毛の退行
ティラノサウロイデアのグループ内の系統樹(話題20)を使った推定では、このグループ内の共通の先祖が羽毛をもっている可能性は90%近くと、大変高いとみられています(文献1)。この中で皮膚の状況がわかっているのはディロングとユウティラヌス、そして今回報告のあった文献1の5種あわせて7種の恐竜にしかすぎず、まだかなり離れた点同士を結びつける状態ではあるのですが、ティラノサウロイデアの中でも大型の恐竜では羽毛が失われていった(あるいはすでに失われていた)らしいということになります。
羽毛が失われていった原因のひとつとしては、温暖な気候のために羽毛が不要になったということが考えられます。白亜紀前期、ディロングとユウティラヌスが棲息していた現在の中国東北部は比較的寒冷であったことが当時の動植物の化石の種類からわかっています。酸素同位体の分析の結果からは年平均気温は10℃程度であったと推定されています(文献7)。10℃の平均気温といえば、現在の秋田市や盛岡市あたりです。冬は結構な寒さに見舞われたはずです。彼等には羽毛が必要だったのでしょう。気候はその後、温暖化に向かいます。
同時に体の巨大化も重要な要因と考えられます。体が大きくなると、寒い時の蓄熱は有利になる反面、暑い時の放熱が苦手になります(話題13)。
文献1では、他に足の長さが増したことによる走行能力などの運動性が向上したことも考えられるとしています。
獣脚類も鳥盤類も、羽毛様構造は同じ先祖から受け継がれてきた?
話はティラノサウロイドからは離れますが、獣脚類ではない、鳥盤類の恐竜にも羽毛様の構造がみられます。前出のプシッタコサウルス(文献8)やティアンユロング(Tianyulong、文献9)がそうです。ただ、プシッタコサウルスの剛毛は太く、長く、頑丈であり、一見獣脚類の羽毛とは違ってみえます(文献10)。また、ティアンユロングの場合も一本づつの線維状の形態どまりです。これらの構造は獣脚類の羽毛とは別に発達した可能性は否定できません。そのような中で、新たに2014年に報告された鳥盤類の恐竜、クリンダドロメウス(Kulindadromeus、文献11)は集合した線維状構造ももっていました。獣脚類の羽毛の進化の道筋(話題7および話題30の図)にも合うようにみえる例が鳥盤類にも存在したことがわかりました。これだけではまだ証拠不十分とはいえ、恐竜は進化の最初の段階から鳥類の羽毛の先祖にあたるプロトフェザーをもっていたという考えも出てきました。
ところが、2017年3月の論文で提唱された恐竜の新しい系統関係(話題34、文献12)の中では、鳥盤類と獣脚類は分類上姉妹関係となり、これらの二つのグループとは恐竜の進化の中で根元から分かれている竜脚形類が属するグループはプロトフェザーの進化とは無関係であった可能性が出てきました。
線維状構造は翼竜にもあります(文献7)。これと鳥盤類、獣脚類の羽毛、羽毛状構造との関係は今後の解明に待つことになります。
爬虫類や鳥類のウロコも羽毛も、そして哺乳類の毛も起源は同じ
爬虫類や鳥類のウロコも羽毛も、そして哺乳類の毛も上皮組織の一部ですが、実はこれらは全て進化的に同じ起源をもっていることが2016年に組織形態、およびマーカーとなる遺伝子発現の様子から確かめられています(文献13)。つまり、発生上の基盤は早くに確立していたということで、その調節機構を変更しながら、爬虫類、鳥類、哺乳類の皮膚の表面構造が進化してきたのです。
したがって、初期段階まで発達した羽毛様構造がそのまま多くの恐竜に受け継がれながら、さらに発達(場合によっては退行)していった可能性もあれば、いくつかの初期段階の羽毛構造はそれ以前からの共通の基盤構造から派生しつつも、その後の恐竜の進化の中で独立にあらわれたという可能性もあるわけです。また、羽毛が退行してウロコになることも、ティラノサイウロイダエだけの話ではありません。鳥類の脚のウロコも古いタイプの爬虫類の名残りとして、ずっとウロコのまま残っていたのではなく、羽毛から変化したものではないかという考えもあります(文献14)。
文献1:Bell, P. R. et al. (2017). Biol. Lett., Vol. 13, 20170092.
文献2:Schweitzer, M. H. (2011). Annu. Rev. Earth Planet., Vol. 39, 187.
文献3:Bell, P. R. (2012). PLoS ONE, Vol. 7, e31295.
文献4:Xu, X. et al. (2004). Nature, Vol. 431, 680.
文献5:Martin, L. D. and S. A. Czerkas (2000). Amer. Zool., Vol. 40, 687.
文献6:Xu, X. et al. (2012). Nature, Vol. 484, 92.
文献7:Amiot, R. et al. (2011). Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., Vol. 108, 5179.
文献8:Mayr, G. et al. (2002). Naturwissenschaften, Vol. 89, 361.
文献9:Zheng, X.-T. et al. (2009). Nature, Vol. 458, 333.
文献10:Barrett, P. M. et al. (2015). Biol. Lett., Vol. 11, 20150229.
文献11:Godefroit, P. et al. (2014). Science, Vol. 345, 451.
文献12:Baron, M. G. et al. (2017). Nature, Vol. 543, 504.
文献13:Di-Poï, N. and M. C. Milinkovitch (2016). Sci. Adv., Vol. 2, e1600708.
文献14: Sawyer, R. and L. W. Knapp (2003). J. Exp. Zool., Vol. 293B, 57.
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