[ 図:推定されたプシッタコラサウルス(Psittacosaurus)の体色。口先はオウムのクチバシのようになっています。名前もオウム(psittacines)に由来します。 ]
もとの体の構造に関する情報を豊富に残している恐竜の化石がまれに見つかることがあります。化石化する時に好条件がそろっていたからです。とくに中国で発掘された化石は獣脚類恐竜(鳥類も含まれます)の羽毛や羽毛に関連する構造物についての報告をもたらし、新たな恐竜像が明らかになってきています。しかし、体表面が羽毛におおわれていた恐竜以外については、その皮膚がどのような色で、体全体の配色パターンがどうであったのか、情報はほとんどありませんでした。
鳥類に近い羽毛恐竜は色素顆粒のメラノソームの形と分布から体色が推定されていますが、こうした手法は羽毛におおわれてはいない体表をもつ動物に直接適用することができません( 話題8 )。しかし、化石そのものに色がついていて、これがもとの動物由来の色素であるとされている例もいくつもあります(文献1)。ただし、羽毛恐竜でない恐竜の色つきの化石は極めて稀です。
中国で見つかった保存状態のよいプシッタコサウルスの化石
今回の話題の草食恐竜のプシッタコサウルスの保存状態のよい化石(SMF R 4970)も以前に中国で見つかっていたものです。尻尾には上の図のような奇妙な長い毛がはえており(文献2)、また化石には色素が残っている(文献3)ために注目されていました。この化石には、もとは化石ディーラーの手元にあり、米国やヨーロッパを転々とした経歴があります。貴重な標本であるのに科学的研究を進めるうえでの懸念があったうえ、欧米に持ち出された時の状況に問題があり、中国に返還するべきではないかとの見解もあったのですが、現在はドイツのゼンケンベルク自然博物館にともかく落ち着いています(文献2~5)。
プシッタコサウルスは鳥盤類の恐竜で、獣脚類を含む竜盤類とは古くから別れて進化しました。トリケラトプスと同じく角竜(Ceratopsia)に属するのですが、体長は1.5~2メートル程度と小さく、また後ろ足2本で歩くこともできたと考えられています(文献2)。
尻尾上部には長い剛毛があるものの、顔や足などを除く体表の多くの部分はウロコ(鱗)でおおわれていました。文献3でこの恐竜の体表に背から腹にかけて褐色のグラデーションがかかっており、カモフラージュとして機能していたのではないかと推測されていました。最新の2016年月の文献5では、そのグラデーションのパターンから、直射日光があまりささないような森の中でこの恐竜が暮らしていたらしいということを報告しています。
体表の様子を詳細に観察
このプシッタコサウルスの化石の特徴は、体表構造が平たくシート状になって骨格の上に重なっているというものです。化石となる前にまず皮膚の下の脂肪部分の消失が進み、骨格を直接覆うようになった皮膚がミネラル化して、ウロコの形状や色素が骨格の上に残ったと推測されています(文献3)。細かく観察すると皮膚の構造に合わせて褐色のトーンの違いが確認できます。
その色素ですが、褐色ということから、以前よりその正体はメラニン色素で、もとの体表での分布を反映したまま残っていると考えられていました。
今回の文献5の報告でも、一般にはケラチンがもとになって褐色の色素をつくる場合もあるが、内部にケラチンを含むはずのウロコの形状とこの色素の分布を詳細に比較し、これを否定しています。また内臓に含まれているかもしれないメラニンとは部位として明瞭に区別できていると述べています。さらに色のついた箇所の化石内部より粉末状として取り出した微量のサンプルを電子顕微鏡で観察し、そこにメラノソームと考えられる紡錘状の構造体( 話題8 )が刻印されていることを見つけています。
このようなプシッタコサウルスの体表の微細な構造、構成成分を調べるため、ここではレーザー励起蛍光法Laser-stimulated fluorescence (LSF) (文献6)が活躍しました。紫外線を化石に照射すると、その場所の成分と照射した紫外線の波長の組み合わせによって、いろんな波長の蛍光が発生します。蛍光が出ない有機物が完全に分解された箇所とは区別できます。完全分解されていない有機物の存在する箇所も含め、可視光のもとではわからない化石の様子を、蛍光の波長の違いやその強度の分布で調べることが可能になります。柔組織の名残があるような部分もよりはっきりと可視化できるのです。そこで照射する紫外線をレーザー光線とし、けた違いに感度をあげて、微妙な違いも検出できるようにしたのがこの方法です。レーザー光線は少しは化石の内部まで届くため、表面下の様子も浮き彫りにすることも可能です。
こうした最新の技術も駆使し、保存状態の良いこの化石をもとに、背中側が暗く、腹側が明るくなるようにグラデーションがかかっている配色パターンが再構成されました。
カウンターシェイディングというカモフラージュ術
さて、この配色パターンがカモフラージュとして機能しうるかどうかという点についてです。
一般に体の背側は日光にあたる側となり、腹側は影になります。ここで、背中側を暗く、腹側を明るくなるような逆の色のトーンを体表にもっていれば、その動物は視覚的に背景と区別しにくいことになります。このように背景のパターンに対向して目立たない体表の明暗をつくりだすカモフラージュのテクニックをカウンターシェイディング(countershading)といいます。背中側を暗く、腹側を明るくするタイプのカウンターシェイディングの最もわかりやすい例がサメやイルカの暗い背側と白っぽい腹側の組み合わせです。飛行機に迷彩をほどこす場合にも、機体の上面は地上や海面の色に似せた暗い色、下面は空色や銀色のような明るい色が使われます。
今回の文献5の研究では、プシッタコサウルスの実物大の立体模型を作りました。その体表は明るい灰色一色としておき、出来あがった模型を直射日光のもと、そして薄日のもと、それぞれの状況で写真撮影をおこないました。模型の表面には日があたる明るい分部から影の暗い分部までのグラデーションができますが、その白黒写真の明暗を反転したパターンを化石情報から再構成した配色パターンと比較してみました。すると、薄日のもとで撮影した写真の反転像が今回化石情報から再構成したグラデーションのパターンと非常に似たものになることがわかりました。再構成したグラデーションは明暗の差がゆるかやで、色のついた領域が腹側の下部のほうまで続いていたのです。
こうして、プシッタコサウルスは森の中のような薄日の中で有効となるカウンターシェイディングの配色パターンをもっていたようだということになりました。この化石が発掘された中国東北部の白亜紀初期の地層である熱河(ねっか)生物群(Jehol Biota)は、当時常緑の針葉樹の森がありました。この森に棲む小柄なプシッタコサウルスにとって、まさに薄日の中での環境です。
この時代のこの地域には浅い湖水があり、ここに沈んだ生物の体が、活動が盛んな火山から出た火山灰で囲まれるという条件がそって、この地層が他にもいくつもの保存状態が良い化石を産み出すことになったと考えられています(文献7)。
ところでプシッタコサウルスの尻尾の剛毛は今回の立体模型には付けられていませんでした。この長い毛の役割はわかりません。しかし、この毛も背中に影を落とすことによって、カモフラージュに一役買っていたかもしれないという可能性も述べられています。
文献1:Vinther, J. (2015). Bioessays, Vol. 37, 643.
文献2:Mayr G. et al. (2002) Naturwissenschaften, Vol. 89, 365
文献3:Lingham-Soliar, T., and G. Plodowski (2010). Naturwissenschaften, Vol. 97, 479.
文献4:Dalton, R. (2001). Nature, Vol. 414, 571.
文献5:Vinther. J. et al. (2016). Curr. Biol., Vol. 26, Vol.26, 1.
文献6:Kaye, T. G. et al. (2015). PLoS ONE, Vol. 10, e0125923.
文献7:Zhou, Z. et al. (2003). Nature, Vol. 421, 807.
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