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2016年7月22日金曜日

(24) 恐竜の小型化と姿勢の変化 ~鳥類への進化の一面


           (図1 現生の鳥類に至る経路の概略図)


体の小型化は一連の長い時間をかけて


中生代は三畳紀という時代から始まります。三畳紀最初の原始的な恐竜のサイズは多くが体重10~35キログラムの間でしたが、その後により広範な環境に適応して種類が増える(適応放散といいます)と、体のサイズにもどんどん多様性がみられるようになります(文献1)。巨大化したものもあれば、小型化に向かうものも出てきます。
その中で明らかになったことがあります。獣脚類の進化の中で、鳥類へつながる経路では継続して小型化が進んできたことです。

文献2の研究では恐竜から鳥類(アヴィアラエ、avialae)に至るまで、集積された骨格標本のデータから多数の獣脚類について系統樹を作成、ここに体のサイズを組み込み、この小型化の傾向を明らかにしました。
体の大きさは大腿骨のサイズに注目しました。大腿骨と体全体のサイズの関係は初期の獣脚類から始まり、原鳥類(パラべス、paraves)のグループから鳥類を除いたメンバーに至るまでは、かなり一定に保存されていることが知られています(文献3)。そこで大腿骨のサイズから体重を求める経験式を使い、体全体の標本がそろっているかどうかに関係なく、鳥類に至るまでの獣脚類の体重を推定することができます。しかし、後で説明するように、この先から現生鳥類に至る進化で前肢(翼)が大きくなると、この関係が壊れてゆきます。ここでは大腿骨の標本データをもとに、始祖鳥への分岐に至るまでの獣脚類の系統樹に沿った進化経路の分岐点における推定体重を求めてゆきました。図1の赤いラインがその経路にあたります(文献2の実際のデータでは連続する12の分岐を含みます)。
著者たちの結果からみると、ヘレラサウルスへの経路が分岐する点に位置する想定恐竜の体重は200キログラム超(その大腿骨の長さは0.5メートル弱)と推定されます。そして明らかとなったことが、今回使用した多数の標本のデータから著者たちの方法で割り出す限り、ここから先の鳥類への進化の経路では一貫して体の小型化が進んだということだったのです。鳥類への進化から分かれてゆく経路では大型化、小型化が混じり合っていることとは大変対照的です。小型化の実現は鳥類の出現にとって重要な要因だったといえます。
例えば、鳥類への経路からティラノサウルスへ別れる分岐点に位置する恐竜(ティラノサウロイド(ティラノサウルス類)の直近の先祖)の体重はせいぜい54キログラムという大きさであり、これから派生したティラノサウロイドで現在化石として得られている中では、80キログラム程度のグアンロンがこの想定先祖の最も近くに位置しているという計算結果です。6トン程度にもなるというティラノサウルスへ向かう進化の経路で大型化が起こるのはこの鳥類に向かう経路からの分岐後のことです( 話題20 )。獣脚類の進化の途中で、鳥類の先祖が巨大化するようなことはなかったのです。この小型化の期間は少なくとも5000万年にわたります。
その後の鳥類(始祖鳥など、今は絶滅しているグループを含みます)への入り口の時点で推定800グラム程度までになった体重は、そこから先の進化の中ではさらに小型化に向かう経路もあれば、逆に大型化に向かうものも出てきます。ここはすべて鳥類となってからの進化です。

形態を指標にした恐竜の進化速度は彼らの勃興期である中生代始まりの三畳紀初期の適応放散の時代が最も大きく、その後徐々に速度は遅くなる長期的傾向(文献1)が見いだされているのですが、この傾向に反して鳥類への進化経路では速度が上がっている個所が随所にみられることもわかりました(文献1、2、4)。この進化速度の増加は体のサイズ以外でも明らかということです(文献4)。こうした恐竜たちによる新たな環境と生活様式の獲得がさらなる多様化を招いていったことの現れだと説明できます。

飛翔能力を得るための大きな助けとなったと考えられる体の小型化ですが、時間的には実際の飛翔よりもずっとはるか以前に始まっていたということになります。小型化が進む中で様々な形態、機能の変化が獲得され、やがて飛翔に利用されるようになったというわけです。獣脚類が現れたころから飛翔という定まった目的があったわけではなく、連続して小型化が進んだ経路で生まれたいろいろなイノベーションが定着していった中から飛翔につながる素地が出てきたということです。長い道のりの積み重ねです。
前回(話題23 )で紹介したくちばしや幼形のままの頭部をもつようになったのもそうした形態、機能の獲得の一部です。

小型化を助けた要因のひとつとしては、体温保存の役割を果たす羽毛の発達が考えられます(文献2)。羽毛のおかげで外気温が低い中でも小柄な体の体温を効率よく保つことができるようになり、森や木立の中で小さな獲物を狙うなど、大柄な恐竜がもっていなかった新しい生活の場を得ることができたのでしょう。

鳥類の姿勢と歩き方


小さい体は大きな体重を支えずに済むため、全身の機能をバランスよく調整しながら、いろんな部分の変化を取り入れていくことが比較的容易であるのは確かと思われます。
現在の鳥類がもつ特徴のひとつに、体の重心が前寄りになり、後肢の膝を曲げた少ししゃがんだ姿勢でいるということがあります。力強い飛翔を可能にしている鳥類の体の形態ですが、これも体が小さくなったからこそ実現しやすかったのだといえそうです。

(図2 ハトの骨格 - - -重心は大腿骨の付け根よりも前方にあります。尾の部分が短い一方、前肢(翼)や胸骨が大きく、前方での荷重が大きくなっています)

姿勢は歩行の方法と深い関係があります。
ワニやトカゲなどの比較的原始的な主竜類が四つ足を使って歩くときには、尾に関連する筋肉が大きな働きをしています。後肢の回転によって体は前に進みます。一方、現生鳥類では尾の骨の部分が短くなり、その先端は尾端骨(pygostyle)という尾の椎骨が融合した短いかたまりにまで小さくなりました。そして膝関節の曲げ伸ばしが歩行の駆動力を生み出しているのが大きな違いです(文献6、7)。
残された足跡から二足歩行の恐竜の歩き方を推測してみると、三畳紀の獣脚類はまだ膝より上の大腿骨の動きが体の前進に重要で、現生鳥類のタイプにはなってはいないという結果が出ています(文献8)。

大きな前肢と重心の前方移動


少ししゃがんだ姿勢は、それまでは後肢の付け根付近にあった重心の位置が前寄りになった胴体を支えることと対応しています。尾が短くなることと重心の前寄り移動の関係は一般には考えやすいものでした。ところが、重心移動と深い関係にあるのは尾ではなく、翼となる前肢であることが示されています。
原鳥類までは、大腿骨の長さと体重の関係はほぼ保たれているということでしたが、原鳥類になってからも進む体の小型化の時期には前肢そのもののサイズはあまり変わりませんでした(文献5)。その結果、体の割には大きな前肢をもつようになったのです。文献9では体各部の重さの分布を3次元モデルによるシミュレーションから推定し、重心が前寄りになったのは相対的に大きくなった前肢のためであるという報告をおこないました。ここでは前肢で増加していったはずの羽毛の重さを考慮していません。前肢の羽毛がさらに前方での荷重を促進していたはずです(文献9)。

鳥類と非鳥類恐竜との間に形態学的な区切りをつけるのは難しいけれど


文献4でも集積された多数の骨格からのデータを用いて恐竜の系統関係を導き出していますが、同時にそのデータを用いて、より大きな分類グループの示す形態的なバリエーションの程度を形態空間(morphospace)の中でみています。そのバリエーションの重なりからみて、鳥類はコエルロサウルス類の中では他のグループから特に峻別して切り離すことができるほどの形態的独自性を示すグループではないというものでした(文献4)。鳥類へ至る進化の中で形態的な変化も徐々に積み重なり、鳥類とこれに近い非鳥類恐竜の間に明確な仕切りを入れるのは困難です。始祖鳥や、これに近い種の進化上の位置づけに困るのも、このような状況があるからです。
ところで、現生鳥類にみられるしゃがんだ姿勢はどうなのでしょうか。姿勢の違いは明確な区別をもたらしてくれないのでしょうか。実はこの研究で用いられた多数のデータの中には姿勢にかかわる特徴に関するものも含まれているのですが、それは全体のほんの少しでしかなく、この論文の著者によると、姿勢の寄与は今回の分析では他の多くのデータからもたらされる影響の中に埋もれてしまっている可能性もあるとのことです(私信)。鳥類への進化における前後肢と姿勢の変化に特に注目した形態の比較分析も今後は可能なはずだということです。その結果が発表されるのが待ち遠しいものです。

文献1:Benson, R. B. J. et al. (2014). PLoS ONE, Vol. 12, e1001853.
文献2:Lee. M. S. et al. (2014). Science, Vol. 345, 562.
文献3:Dececchi, T. A. and H. C. E. Larsson (2013). Evolution, Vol. 67, 2741.
文献4:Brusatte, S. L. et al. (2014). Curr. Biol., Vol. 25, R888.
文献5:Puttick, M. N. et al. (2016). Evolution, Vol. 68, 1497.
文献6:Gatesy, S. M. (1991). J. Zool., Vol. 224, 127.
文献7:Hutchinson, J. R. and A. Vivian (2009). Naturwissenschaften, Vol. 96, 423.
文献8:Gatesy, S. M. et al. (1999). Nature, Vol. 399, 141.
文献9:Allen, V. et al. (2013). Nature, Vol. 497, 104.
 

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