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2015年10月4日日曜日

(8) 羽毛恐竜の体色 ~メラノソームの化学成分の検出にも成功



メラノソームと考えられる構造が化石の中に


恐竜がどんな色をしていたか? このなかなか気になる点については単に想像するだけで終わるしかないと思われていました。しかし最近になってから、前回紹介したような羽毛をもつ恐竜について様々な技術を駆使しつつ、この問題に迫る報告が出ています。
恐竜の化石の羽毛の部分の切断面の微細構造を走査型顕微鏡で調べると、細胞内の小器官であるメラノソームと思われる楕円体や棒状の顆粒を認めることができます。メラノソームはメラニン色素が集積している細胞内の小器官です。この小器官の形や分布を現在の鳥と比較して、化石の情報から体の色模様を推測するのです。しかし、形態の観察だけでは十分な検証ができません。とくにメラノソームは大きさも形も細菌に似ているので、化石化するまでに朽ちた体内に入り込んだかもしれない細菌と区別することが大切です。

2010年に、Zhangらは白亜紀の恐竜であるシノサウロプテリクス、シノルニトサウルス、および古代鳥の孔子鳥の化石におけるこの顆粒の分布や並び方から、これらが細菌ではなく、棒状のユウメラノソーム(真性メラノソーム;濃い茶色~黒い色素を含む)と球状のフェオメラノソーム(亜メラノソーム;オレンジ色~赤色の色素を含む)が化石化したものであると報告しています(文献1)。
進化の間に恐竜の羽毛となった元の構造の候補として、羽毛を持たない恐竜の化石にも認められる外皮由来の線維状構造(前回紹介のプロトフェザー)が以前より知られていましたが、一部の研究者からは、これらの構造は実は表皮の中にある真皮に含まれるコラーゲン線維の壊れた残りであり、羽毛につながるものではないという反論がありました。Zhangらのこの報告では、シノサウロプテリクスが持つこの線維構造中にもメラノソームが観察できるため、羽毛はこれから進化したとしています。

そして、同じく2010年にLiらにより、ジュラ紀後期の地層から発見された恐竜、アンキオルニスの全身の配色の想像図が示されました(文献2)。分離した羽枝や小羽枝の切片の標本を多数観察し、メラノソームの長軸と短軸の比、および短軸の曲がりの分布を現存の各種鳥類と同時にプロットし、恐竜の各部分の色合いを推定しました。その結果がこのページの最初の図です。  
ここでは著者が述べているように、メラノソームに蓄積するわけではないカルテノイドやポルフィリンなどの色素は考慮されておらず、こうした色素がどのように体色にかかわっていたかはわかりません。ただ、カルテノイド色素(黄色~赤色)は鳥類の進化の系統樹の根元に位置する鳥では羽毛の発色に使われていません(文献3)。ですので、カルテノイド色素は恐竜の体色を推測するときにはあまり考えなくともよいのかもしれません。
なお、ミクロラプトルと違い、前脚と後脚の羽毛の羽弁は羽軸に対して対称で、かつ短いことを観察した論文著者達は、アンキオルニスは飛翔性の恐竜ではなかったのではないかと考えています。

つづいて2012年にはミクロラプトルの全身の配色想像図が出ました(文献4)。こちらは全身すっぽり黒っぽい羽毛でおおわれているのですが、色艶がよい部分を持っていると推測できました。
羽毛の中でメラノソームが規則的に並んでいるところをケラチンなどの被膜がおおっているような微細構造の中で光の反射が起こると干渉が生じ、波長の異なった光を目にすることになります。シャボン玉の虹色もそうです。この虹色効果のことをイリデッセンスといいます。イリデッセンスは多くの鳥のあざやかで艶のある発色を生み出しています。現生鳥類のイリデッセンスを起こす部分のメラノソームの形態の特徴との比較からわかったことは、黒っぽい体色のミクロラプトルも虹色効果を使ってシックなおしゃれをしていたということなのです。

化石からメラノソームの化学成分を検出


形態と分布の様子だけでこれがメラノソームだと結論づけるのは危険です。そこで化石中のメラニン色素の化学成分を検出できるという報告が出てきました。
対象のひとつは新生代の魚(文献5)、そしてもうひとつは中生代ジュラ紀の頭足類(タコ、イカの仲間)(文献6)の化石でした。どちらにも検出にはIR(赤外分光法)とToF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)の技術が用いられました。IRは試料に赤外線を照射し、物質特有に吸収されたり、反射してくる光(この場合は薄く切った化石標本の吸収光)の波長を調べるものです。いっぽうのToF-SIMSは電荷を帯びた粒子(イオン)を試料表面に照射します。照射により試料から飛び出してくるいくつものイオン(二次イオン)を真空中で検出する際に、重いイオンほど検出器に到達するまでの時間が長くなることを利用し、試料がどのような組成の二次イオンを生じる物質からできているのかを調べるものです。
メラニンはもともと不溶性の高分子として密集して蓄積するうえに、メラノソームの中ではアミロイド線維の足場にとりついて、がっちり固まってゆくため、化石化した後もこのような技術で検出ができるほどに化学組成が保存されているようなのです。

そして、ToF-SIMSを羽毛恐竜アンキオルニスの標本の分析に適用した報告が2015年に出ました(文献7)。
まず走査型電子顕微鏡(試料の表面の様子がわかる)と透過型電子顕微鏡(試料の薄い切片中の構造がわかる)を用いた観察では、この羽毛様構造の中心軸から並んで伸びている線維構造の直径が現在の鳥類の羽枝のそれと同じくらいであり、その内部はこれまた現在の鳥類の羽毛中のケラチン線維からなる層構造部分とよく似ていました。この線維に沿って問題のメラノソームと思われる微小体は並んで付着しています。
組成の分析にはEDX(エネルギー分散型X線分析法)も使っています。これは電子顕微鏡用試料に電子線を照射した時に試料側から発生する元素固有のエネルギーを持つX線を検出して、その試料中の元素の組成やその濃度を調べる方法です。EDXを用いて、この微小体はおもに炭素を含んでいることから生物由来であることを明らかにしています。
そして、いよいよ上述のToF-SIMSを使った分析では、各種色素に加えて細菌そのもの、および細菌が持つピオメラニン(メラニン様の色素)とユウメラニン(真性メラニン)からのデータとの比較を行いました。その結果、動物由来のユウメラニンと最も近い二次イオンの種類と分布のパターンが得られました。さらに、IRの分析では、ユウメラニンとよく合う赤外線の吸収パターンを示しました。
ところで、同じアンキオルニスでも、彼等の標本では先に紹介したLiらの標本と異なり、ほとんど全てのメラノソームが長細いタイプのユウメラノソームであったということです。体全体もLiらの標本より大きいということで、個体の成長段階、成育状態、雌雄の違い、あるいはその他の多様性を反映しているようですが、ことによるとこの二個体は似ているものの、実は少し違う種類の恐竜だという可能性もありえます。また、Liらが”フェオメラノソーム”だとしている顆粒は、羽毛そのものの中ではなく、その周囲に見つかっています。これら長細くはないほうの顆粒そのものの正体、そして体色については、さらに精査が必要なのかもしれません。

化石中のメラニンやメラノソームの報告は実はかなり以前からもあったのですが、確証が得られるようになったのは、上に述べたような化学成分を検出できる技術を使った最近の研究の結果です(文献8)。体色は恐竜の様々な行動にも関係していたはずで、今後のさらなる研究の発展に期待できます。

メラノソームの形態に劇的に大きな多様性が出ているのが、鳥類と鳥類に近いマニラプトル類(Maniraptora)の恐竜、そして哺乳類という報告(文献9)があります。恐竜から鳥への進化の経路とは別の道を歩んだ哺乳類がこうした同じような傾向をもつことになった背景には、メラニン代謝がエネルギーの利用にかかわっているという共通性があるかもしれないということです。面白いことに、鳥類でも空を飛ばなくなったダチョウのような古顎類(こがくるい)はメラノソームの形態の多様性が小さくなっています。
ウロコにおおわれたトカゲやカメなどにも目立つ体色をもっているものがいますが、鳥でのメラノソームの形態と体色の関係がそのままあてはまりません。別の発色のシステムがあるからです。鳥から進化的に離れた動物の体色の推測をメラノソームの形と分布だけを頼りに行うのは危険であると、この論文は指摘しています。



文献1:Zhang, F. et al. (2010). Nature Vol 463, 1075.
文献2:Li, Q. et al. (2010). Science Vol 327, 1369.
文献3:Stoddard, M. C. and R. O. Prum (2011). Behav Ecol Vol.22, 1042.
文献4:Li, Q. et al. (2012). Science Vol 335 1215.
文献5:Lindgren, J. et al. (2012). Nature Commun Vol 3, 824.
文献6:Glass, K. et al. (2012). PNAS 109, 10218.
文献7:Lindgren, J. et al. (2015). Scientific Reports 5:13520 DOI:10.1038/srep13520.
文献8:Lindgren, J., et al. (2015). Proc. R. Soc. B Vol 282: 20150614.
文献9:Li, Q. et al. (2014). Nature, Vol 507, 350.


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