↓ 過去の話題一覧はこちら

2015年9月7日月曜日

(2) オールドファッションな恐竜骨格の展示



かつて想像されていた恐竜の姿、それは今とは少々違っていました。もっとも”少々”というのは、世間一般向きの表現で、恐竜に思い入れのある者にとっては新しい恐竜像の出現はおおごとでした。

以前(1990年代より前です)はティラノサウルスといえば、スクッと威厳をもって立ち上がり、長々とした尾を地面にはわせていたものです。ブロントサウルス(Brontsaurus;アパトサウルスApatosaurusと同じ恐竜であるというので、しばらくの間は正式名称でなくなっていたのですが、最近になって両者はやはり違うということになり、この名前が再び復活してきました(注))"鎌首"を高々と持ち上げ、尾のほうはというと、この恐竜もまたこれをゆったりと地面にたらしています。
そのころの想像図の中では彼等はこのような恰好でした。

上の絵の左半分にいるのがジュラ紀の"ブロントサウルス"、右半分は白亜紀のティラノサウルス。"ブロントサウルス"は巨体を支えるのが大変で、普段は沼地で水に浸かっていたのではないかと推測されていました。

最初にティラノサウルスの骨格を見たのは1980年代、シカゴのフィールド自然史博物館(Field Museum of Natural History)でしたが、まだあの大きな”スー”の愛称でもって呼ばれる個体ではなく、小ぶりの華奢な骨格が中央ホールの中で頭を高く掲げた格好で展示してあり、迫力では同じホールにある鼻を振りかざし、耳を広げたゾウの複製に負けそうなくらいでした。頭骨も馬のように細面で、ティラノサウルスって、こんなものかと、さしたる感慨はその時はありませんでした。
しかし、同じクラシックタイプの骨格展示とはいえ、その後にニューヨークの自然史博物館(American Museum of Natural History)の巨大ティラノサウルスを見たときはびっくりしました。展示してある広い部屋の天井にほとんどつっかえんばかりに立ち上がった、がっしり黒々とした骨格。頭骨を見ても、横幅があり、ボリュームたっぷりです。見学者たちの頭上はるか上でグワッと開いた口からはすごい咆哮が聞こえてきそうです。
当時に撮影した展示室の写真です。



尾はうねうねと長く伸び、地上をはい回っています。こんなに尾が長くて邪魔にならないのだろうか、誰かに踏まれたり、いたずらされそうではないか、いったいどんな動きをしていたのか、と大変不思議に思うくらい長いのでした。そのころはまだ学術的情報も少なく、この標本は実は誤って2頭分の尾が1頭のものとして組み立てられていたことが後でわかったのです。道理で長かったわけです。
前脚が小さいことなどは図鑑の絵で知ってはいましたが、ともかくこの尾の異様な長さは予期しておらず、いろいろと想像をかきたてて、その時はいつまで見ていても飽きることはありませんでした。結局間違った解釈による標本を眺めていたわけですが、そんなにも充実した楽しいひと時を与えてくれたのがこの幻の尾でした。。
このティラノサウルスの横には、これまた素晴らしい"ブロントサウルス"の骨格が鎌首を持ち上げ、尾をたらしていたのです。
この2頭の迫力は、展示数では勝っていたワシントンのスミソニアン国立自然史博物館(National Museum of Natural History;下の写真)も及ばないものに感じました。



しかし1990年代に入ってからはニューヨーク自然史博物館の同じ部屋の恐竜たちののっそりとした恰好は、より活動的なものにとってかわっていました。
ティラノサウルスは背を地面に水平にし、見学者たちの頭の間近に巨大な歯をむき出してみせるまでに迫ります。そして短くなったティラノサウルスの尾だけでなく、その横では"ブロントサウルス"の長大なムチのような尾までも、垂れることなく先端に至るまで空中に舞っています。色もあのどっしりとした重量感を与える黒々としたものではなく、うす茶色で、俊敏さを印象づけるかのようです(黒っぽい化石となったのは、より黒っぽいミネラルを含む環境で形成されたことを示しているのですが)。

新しいタイプの骨格展示のほうがもちろん、はるかに正しいのですが、個人的には古いおどろおどろしいタイプのものも味があって、造形的にはなかなか捨てがたく感じられるのです。小さい頃、初めて図鑑の中で見つけた瞬間、こうした古いタイプの恐竜の想像図が目に焼き付いてしまいました。
その中でもっとも印象深く記憶に残っていたひとつの想像図があったのですが、その現物に思いがけず出会ったのがピーボディ自然史博物館 (Yale Peabody Museum of Natural History)です。ブロントサウルスなどの歴史的な骨格標本で有名なこの博物館の大ホールにその懐かしい絵があるとは、ここを訪れて目にするまで知りませんでした。ルドルフ・ザリンガー (Rudolph F. Zallinger)による「爬虫類の時代(The Age of Reptiles)」(https://peabody.yale.edu/exhibits/age-reptiles-mural)という有名な壁画作品です。太古に地上をのし歩いていた巨大な動物がいたことを知って興奮した頃を思い出し、これまた至福の時間を過ごすことができた場所でした。

ところで、大人気のニューヨーク自然史博物館も、この新しい展示形態になる前には無料で入場することができました(米国の他の有名博物館、美術館も同じでしたが)。入り口では寄付の箱が置いてあって、10ドルくらいを入れていました。館内では別料金の大型スクリーンの映画を何本も観たり、ショップで何かしら買ったりして、ついつい散財してしまうので、まあ、金もあまりないこともあり、入場時はこれくらいでも十分と思っていました。入館無料でもすばらしい内容の展示に接することができるのは、こうした教育・文化施設の運営に対する民間企業からの寄付が大きいからで、感心したものです。ちなみに、新しい恐竜の展示に代わってから初めて課せられるようになった入場料はいきなり25ドルであったと記憶しています。
今は日本国内のあちこちでも恐竜の骨格展示を見ることができるので、うれしい限りです。


(注)追記:骨格の形態の違いをどのように解釈するかということであり、どこまで受け入れられるのか、そして、今後新たにもたらされる知見でさらに解釈が変わることがあるのか、まだまだわかりません。ともかくその報告は298ページもあります。 --- Tschopp, E.et al. (2015) Peer J http://dx.doi.org/10.7717/peerj.857 (2015).



Copyright © Ittoriki __All rights reserved.